しりきれとんぼ2005年後期

2005.12.30
おはよう。
今年もいよいよ押し迫った。数少ない読者の皆様、この一年間有り難う。
お気付きの方もいるだろうが、この「しりきれとんぼ」、年の後半になってペースがガクンと落ちてしまった。なぜか気力が落ち、集中力が散漫となってしまったのだ。
国分寺分室の件。器が出来た時点で燃え尽きたのではないか、と思うほどである。
もちろん、来年からネジを巻き直して頑張るが。そうしないと借金が返せない。
この間のグータラには、徳さんのバランス感覚がある。
へたばった時には無理をせず、イスラエルにあるという死海に身を浮かせる気持ちで、ボーッ、グダーとする。
あわてず気力の再生を待つ。
来年は再生徳さんで登場したいものだ。

じゃあ、皆様も含めて、来年の再生に願いを込めて今年最後の「しりきれとんぼ」を終わらせていただきます。

2005.12.17
おはよう。
国分寺にカイロ分室を設けてから一ヶ月になる。
派手な宣伝は苦手な性質なので、ポツポツ見える方たちに濃厚サービスでお相手している。
新宿の患者さんがやっかむといけないので、その濃厚サービスの実態を説明しておく。
国分寺室では待合室に、本当に小さな空間なのだが、『やすーど』と名付けた喫茶コーナーを設けた。
順番を待つ間のくつろぎに、カイロの施療を受けてホッとしている気分の余韻を味わって貰うために軽い飲み物をどうぞ、と言う訳だ。(徳さんとしては、バー・カイロにもっていきたいのだが、徳さんの肝臓の事情がそれを許してくれない。自分が飲めないバーほど惨めなものはないのだから、夢はあっさり捨てました。)
400円均一だ。
何が濃厚サービスなのか?
採算が合わないのだ。
例えばご好評の人参ジュース。健康野菜ジュースのベースになるものだが、りんご一個、人参一本、レモン少々で作る。水や砂糖を一切加えない濃厚もの。採算が合ってないので、あわせ技で濃厚サービスとなりまする。
一度ご賞味あれ。

2005.12.7
おはよう。
昨日、徳さんは58歳になった。
何の感慨もわかぬ。徳さんの周辺も何の感慨もわかぬらしく平常どおりの生活が淡々と続けられた。ただ、普段だったらカレーライスだけの夕飯がカツカレーライスに昇格していた。
喜ばねば。
ただ、あと2年で還暦を迎え、赤いちゃんちゃんこを着て赤い頭巾を被らねばならぬ歳だとの実感がわかない。考えている事は学生時代とさほど変わらず、肉体実年齢との格差だけを感じている。
奇妙なモンスターになったのもだ。
周りを見回しても、似たような雰囲気の連中がウヨウヨしている。
皺とシミだらけ顔の青二才が大量発生している。

2005.11.26
おはよう。
徳さんの肉体の秘密 その10
久し振りの肉体告白である。一年半ぶりか。
その間告白すべき肉体の変調が無かった訳ではないが、日々の生活に紛れてしまう程度のものだった。多少の事は知らぬ存ぜぬで無視するのが徳さんの健康法の一つである。
ところが先日、朝起きてテレビをつけると、左耳の聴覚に異常があった。
耳元から、ムニョムニョ、ニョムニョム小さなささやきが聞えて来る。ミクロ単位の小人が耳の中で生活している感じだ。
最初は何が起きたか判らず、耳たぶを引っ張ったり、側頭部を叩いたりしてみたが変化はみられない。
ただ、自分で頚椎の2番を矯正したら、普段感じる事の無い衝撃が首元から耳にかけて走った。超小型ジェット機が轟音を残して首の中を飛び去ったとでも表現したらよいか。痛みは無く衝撃だけが走った。
でも、その場での改善は見られなかった。
左耳を塞げば大丈夫。どうやら、左耳の鼓膜にテレビの音が反響するらしい。家人との会話は気にならないから特定の周波数に反応しているようだ。施療中に流す音楽も反響する。
左耳の鼓膜に異変があった事だけは確かだ。
浮腫を起したか、しわが出来たかして振動を正確に伝えられなくなったのだ。
最近の徳さん、ストレスが多かったと自己診断して、しょうがない、しばらくほっておく事にした。
ところが翌朝目覚めると普段どおりの耳に戻っていた。たった一日の出来事であった。
このように、何が何やら判らないままに治ってしまう病変は数多くあるのだろう。
きっと原因があるはずなのに、うやむやにされたまま一件落着である。
良かったのか、悪かったのか。

2005.11.16
おはよう。
新宿カイロの劣化していく物品の中で、極めつけは背骨の模型である。
消耗品として割り切っているが、今回は壊れ方がひどかった。
患者さんに背骨の模型を使って説明していた途中で、中の心棒が折れてしまい、椎間板のつもりのプラスチック製の部分がパラパラと脱落してしまったのだ。模型は腰の部分で真っ二つに折れ曲がってしまった。
その時に立ち会った患者さんは寝覚めの悪い思いをしたことだろう。ご同情申し上げる。
根っからケチの徳さん、盆栽用の太いアルミ線を買ってきて、修理を試みたが、安模型は安模型で作る工程に工夫がされていて上手くいかぬ。
本物は治せても、偽物は直せない。

2005.11.9
おはよう。
国分寺分室が開設される一方で、齢(よわい)20年になる新宿カイロプラクティック院の物品は劣化を極めている。
蛍光スタンドの傘が割れて落ちる。
座っているデンマーク製の椅子の足がもげる。
ただ今現在使っているノートパソコンはディスプレイを支える軸に割れ目が入り、ブックエンドで支えている始末。(最先端の物を原始的な道具が支えていると言うのが面白い)
接続しているプリンターはどんな手立てを使っても1部づつしか印刷出来なくなってしまった。1枚1枚実行キーを押さねばならぬ。
スキャナーがパソコンと通信しなくなってしまった。などなど。
口の悪い患者さんからは、手入れのされてない古道具屋さんの中で、そこにあるベッドや道具を使ってカイロの施療を受けるんですな、と皮肉を言われそうである。
そんな、客観的には正しい指摘を受けたとしても、何故かこの古道具屋が気に入ってる徳さんでありまする。

2005.11.3
おはよう。
結局、1週間以上経っての更新になってしまった。
国分寺分室開業に向けてあたふたしているせいもある。
まともな形で営業出来るのは11月8日(火曜日)からとなる。
仕事を終えたらその空間がバーカイロに変身するというのが徳さんの見果てぬ夢である。
しかし、今回も夢は夢のまま温存される事となった。集合住宅故の規制に引っかかり、ボツとなった。最近の住民パワーはスゴイ。
それでも何とか交渉の末、軽い飲食の営業許可は承認された。
小さな小さな一画だが、叫び声の聞こえる喫茶コーナーとして皆様にご愛顧願えればと、期待している。

2005.10.26
おはよう。
このところ雨模様の日が続いている。
梅雨時、特に思うことで時期はずれで申し訳ないが、雨が降れば庭の木などにかたつむりをよく見かけたものだった。子供の頃のかっこうの遊び相手だった。角を突いてそれを引っ込める様を楽しんだり、2匹のかたつむりを競争させたりした思い出がある。
それが最近とんと見かけない。種の減少がものすごい速度で進行しているとの報道にはよく触れるが、かたつむりの世界にも何か変動が起こっているのだろうか?
不思議なのは、かたつむりは見かけなくなったのに、ナメクジは相変わらずの勢力を保っていることだ。
環境の悪化だけとは言い難い気もする。多分、分類学上はたいした違いのない両者である。えさの違いによるものなのか。さっぱり判らん。
つまらん事が気にかかる徳さんでした。

2005.10.22
おはよう。
先日、19世紀末のヨーロッパの炭鉱労働者の労働環境に触れた文章を読んだ。
百年以上前、第一次世界大戦の前の状況である。悲惨この上なし。日本では20世紀半ばの状況である。(このタイムラグは先進国、後進国間の格差に寄るものと言って差し支えないだろう。日本は当時、後進国なのだ。)
歴史は進み、確かに今現在と比べれば先進国の労働者の環境はその当時とは隔世の感がある。しかし、現在繁栄している国家も、かつてのこれに類する労働者への振舞いがあった事を忘れてはならない。もちろんこれは先進諸国だけに限った話だ。実はそれこそが問題なのだが、、、、。
そして、新たな問題も持ち上がってきている。
過酷な肉体への攻撃から、代わりに引き受けているのが精神。荒廃し続けるしか道は無いようだ。
これらは先進国の問題として集中する。
だけど、現在、もう一方では難民の創出という事態がある。彼らは戦うすべさえも奪われた存在。
無気力な表情。うつろなまなざし。先進国のそれとはまた違った精神の病だ。
しかも、それは先進国の振舞いによって、いかようにも変わりうる病だ。

2005.10.19
おはよう。
あと一つだけをクリアーすれば国分寺分室のスタートがきれる。
それが明日なのだ。
明日、保健所の検査が入る。
飲食業の営業許可を得るためだ。
何で飲食業なの?カイロプラクティックと関係ないじゃん!
と疑問に思われる向きも多かろうが、そこは浮世の何でして、余り深く追求しないで欲しい。
20年前の新宿カイロ開業の時から、仕事が終わって後のバー・カイロというのは、ちょっとした夢だった。
いろんな規制から今回もそれそのものは諦めねばならぬようだが、ちょっとでもそれに近づきたいものだと思っている。
体に良いことと、体には悪いけど心には良い事が並列されている、ってのが徳さんの好みのようだ。
さて、明日どうなりますやら。

2005.10.15
おはよう。
死んだオヤジが最後に徳さんのマンションを訪ねてきたのは18年前のことである。
当時、徳さんは井の頭線沿線の三鷹台駅近くに住んでいた。広島にいたオヤジは東京に出張の折はその三鷹台の徳さんの狭い部屋をホテル代りに使うようになっていた。
親不孝の続いていた徳さんであったが、その頃は割と和気あいあいに成っていた。お互い、譲歩のテクニックを身に付け出した感があった。
駅から徳さんのマンションまでの10分の道のりを一緒に歩いている時の事である。
「おい、この坂は結構きついな。」とオヤジが言うのだ。一瞬、徳さんは虚を突かれた思いがした。駅から自分のマンションまでに坂が在るという認識が徳さんには無かったからだ。うーん。
確かに、言われてみればその道は坂道だった。ただ、当時の徳さんには坂だとの認識が無かった程度の、、、、、。
オヤジの老いをこの時知った徳さんだった。そしてその翌年オヤジは亡くなった。
本人でなければなかなか気付かない道の傾斜や段差がある。
先日、工事途中の国分寺の分室の使い勝手をAさんに調べてもらった。Aさんは電動車椅子の利用者だ。
徳さんも、狭い空間を車椅子でも利用可能なように、知人の設計士殿とあれこれ知恵を絞っていた積もりであったが、やはりあった落とし穴。
玄関と歩道の間に段差があって、電動車椅子の小さな車輪では乗り越える事が出来ないのだった。
机上の想定はどこか現実に通用しないものがある。これ、今回の収穫。

2005.10.8
おはよう。
最近、徳さんが自らに課している色んな成さねばならぬ事が停滞気味である。
国分寺に分室を設けようとして、四苦八苦しているのであるが、構想一年、物件を探し当てて半年。物事を始めようとすると、思いもよらぬ大小の障害にぶつかるのが常で、ようやく現在内装工事に取り掛かるところまでこぎつけた。11月開業ぐらいには成りそうだ。
そんなドタバタはこのHP更新にも影響して、トップページも手付かずのまま1ヵ月半が過ぎてしまった。
キリ番などはとうに通り過ぎてしまってる。処理能力が無いと言われればそれまでだが、低能力者の徳さんゆえ、そこは許してやって欲しい。
人さまの健康管理にカイロプラクティックを通じてたずさわる時、患者さんに伝え様としているのは、ゆっくり歩こうよ!という事に尽きると言っても過言ではない。ともかく皆様急ぎ過ぎたり、頑張りすぎたりで体を壊されておりまする。
ここは、徳さんが見本を示して、のんびり、だらだらとやらせて頂きまする。

2005.10.5
おはよう。
徳さんは背骨の矯正前に、緩和操作といって患者さんの訴えの周辺の筋肉をあらかじめほぐして置く事を割と重視している。
ただでさえカイロプラクティックにはボキボキという暴力的なイメージが付きまとっている。
特に新患さんの抱く恐怖は常に最大限に見積もって置かなければ、とんでもない刑事事件とならぬでもない。
恐怖感と共に筋肉の無駄な緊張を取っておくことは事故予防として重要だ。
そんな緩和操作をしてるおり、「先生、押されて気持ちいいのはなぜ?」と聞かれた。
これには徳さん、返答に窮してしまった。不意を突かれた感がある。
日頃、痛い、痛いと皆様に叫ばれて、痛みの説明ばかりに気を配っていた徳さん、適当な答えが見つからぬ。
寄る年波の徳さんは日頃の不摂生もたたってか、最近体のあちこちが痛みやコリやだるさを訴え出し、カイロをはじめ整体や鍼を受けるようになった。
そんな折の経験から、確かに痛気持ちいい感覚(患者さんはイタギモと示し合わせたように言っている)や、ただひたすらに気持ちいい感覚があるのを知っている。
その時、なぜ気持ちいいのかまでは考えなかった。
心地良さによだれを垂らさんばかりにして酔いしれ、ただひたすらに呆けているばかりだった。
快の解明にも努力せねば、立派な施療士とは言えませんわな。
きっと、脳内の快楽物質エンドルフィンなどと関係があるのだろうが、その仕組みが現在の徳さんには判らぬ所でございまする。

2005.9.28
おはよう。
感情のささくれだった犯罪が横行している。
もう、うんざりだという良識と、あれこれ詮索するミーハー調井戸端会議の卑しい心が我々の内に並列してある限りは、無味乾燥、単純自己中、瞬間憂さ晴らしの犯罪は無くならない気がするのは徳さんだけではないだろう。
一体全体、俺ら、彼らは成長期にどんな傷を負ってしまったのか?どんな閉塞感を味あわせられたのか?どんな無力感にさいなまれたのか?
あまりの単純さと、あまりの凶暴さについつい忘れがちな、俺ら、彼らの心の成り立ちにあらためて照準をあてねばならぬ。

2005.9.24
おはよう。
今日はちょっと自慢話を。
Kさんから電話がかかって来た。
昨日カイロの施療をしたばかりなので、これは症状が一向に良くならないか、一層悪くなったとの苦情の電話かと思って気持ちを引き締めていたら、すっかり良くなったというお礼の報告だった。
Kさんはここ3週間ほど喘息様の咳が止まらず、夜になると発熱し、良く眠れない日が続くなど体調がすぐれず、医者にかかるなど、Kさんなりに努力はしたものの一向に症状は改善せずかなり参っていた。
当初は体調が良くないのでカイロは遠慮したいと言っていたのだが、カイロプラクティックの理屈では役に立てるはずだよ、と言って半信半疑のKさんをベッドに誘った手前、多少なりとも症状が改善してくれなくては徳さんの立場が無くなるところだったので、ここはひとまずひと安心。
その時、徳さんが何をしたかというと、お恥ずかしや、たいした事はやっておらんのです。
咳で疲労困憊してるはずのKさんの大胸筋をマッサージし、胸郭を広げる体操を手助けし、のどに関係する胸椎の上部を矯正しただけなのだ。こんな事だけで感謝されるのだから、カイロプラクティックって、もしかしたらおいしい。
何故こんな自慢話をするのかというと、日本ではカイロプラクティックというものがかなり誤解されて受け止められていて、その誤解の上にカイロプラクティック業界の繁栄みたいなものが成り立っている現状を徳さんは常日頃から苦々しく感じているからなのだ。
ぎっくり腰を一発で治す、という扇情的な宣伝に業界も患者さんも惑わされている。
そんな効果もあるかも知れないが、カイロプラクティックの本命は自律神経への手助けだ。
ただ、これは地味な世界で商売の宣伝としては不向きなのだ。
しかし、ここは、はっきりさせておこう。
体ってのは地味で保守的な世界に在る、ってことを。

2005.9.21
おはよう。
先日、天童荒太の『永遠の仔』を読んだ。
徳さんは主義というより単なる天の邪鬼でベストセラーなるものはほとんど読まないのだが、今回は、わが新宿カイロの秘密情報部員でもあるTさんに薦められて手にしてみた。
わが諜報部員の世を忍ぶ仮の姿は一介のサラリーマンである他無く、横浜、東京間を毎日通勤している。その長い道中に耐えれるには質の良い長編小説である必要があるらしく、Tさんの薦めてくれる本はいつも面白いのだが、やたら長いのが欠点である。
『永遠の仔』は児童虐待体験をトラウマに持つ者達が織り成す悲劇である。ミステリー仕立てに成っているからついついつられて読み進めてしまうが、彼ら彼女らの被虐待体験とそれに傷付けられている様は異様なまでに痛ましい。
痛ましさの津波に耐えられなく、何度も読むのを中断してしまった。
主人公達の生き方が異様なぎこちなさに固まっていて、なにもそんなに下手くそに生きなくても、と何度も呟いてしまった。
しかし、冷静に考えれば、この種の児童虐待は多く行なわれており、『永遠の仔』は氷山の一角を小説化したに過ぎないのかも知れない。
ともかくTさん、通勤読書は泣かせるものは駄目だよ。見知らぬ他人の中で身の置き場が無いじゃないか。

2005.9.17
おはよう。
水の脅威!
生き物にとって生きるに欠かせない水であるが、一度その供給が過剰になれば生き物たちはたちどころにその生存を脅かされる。
この間、これでもか、これでもかといった質と量で我々に迫ってきてる水の脅威である。
人間達は人間の被害を第一義にして、申し訳程度にペットの安否を気遣っているが、水棲動物さえが死体となっている様を見せつけられると、全生存にとっての水の脅威に思いを馳せざるを得ない。
油と人間などの排泄物と流失した化学物質で汚染された水が腐敗していく様は、かつてどの生き物も経験した事の無い事態である。そして、その水面下に棲息してた彼ら彼女らは経験したと同時に死んでいかざるを得ない。

先日、規模は小さいが東京でも杉並、多摩地方で床上浸水などの被害があった。
当院の患者さんに関係者がいた。
調布市に住んでいるサークル仲間の高齢者の婦人からSOSの電話が入った。22時頃の話だ。
人がとことんいいのだろう。腰までの水に漬かりながら押っ取り刀で駆けつけ、水位が下がった後の掃除もやってきたとの事。
彼の人柄は万々歳だが、彼は一つの失敗をしでかした。
救援を頼むべく、道中あちこちに携帯電話で連絡してたのだが、何かのはずみで無意識に水に漬かっているズボンのポケットに携帯を入れてしまったのだ。誰でもがやりそうな行為ではある。
最先端携帯は一瞬にしてオシャカと成ってしまった。。
その後、彼は新しい携帯にデータを入力するのに四苦八苦しましたとさ。
生き物だけでなく、最先端の電化商品も原始的な水にさらされてはその華やかな意味を一瞬にして失う。
ここは考え所だ。

2005.9.14
おはよう。
ここ1週間の短い間に、徳さんは三度の悲劇に見舞われた。
たたりじゃあ~。という声も聞こえない訳でもないが、、、、。
善良ぶって生きている奴に限って、心の底にどす黒いよこしまな怪物を飼っている、という公理を謙虚に受け止めんとする徳さんであった。
たたられて当然と、コウベを垂れるのみ。
車をぶつけてしまった。40年前に免許を取ったその日に駐車の際に自宅の塀にぶつけて以来の事だ。
自転車を盗まれた。
施療所の電話に雷が落ちたらしく通話不能となった。
いずれも普段起き得ぬことである。
まあ、国分寺分室開業に向けての厄落としと思っておこう。

2005.9.10
おはよう。
若者の生き難さについて思いを馳せているうちに、どんな脳の回路を伝わってか、かつての足無し体験を思い出してしまった。
かなり昔の事になるが知人の葬儀に参列してて、(当時は自宅で執り行なわれる葬儀が多かった。参列者は畳の上で長い時間神妙に正座しなければならなかった。)お坊さんの読経が佳境に差し掛かった頃「徳さん、〇〇さんから電話です。」と耳元でささやかれた。
その時「うん、ありがとう。」と言って立ち上がった瞬間、膝から崩れ落ちてしまった。
膝から下の足が無くなってしまったのだ。
感覚が無ければ、実際に在るものも無いと認識されるのだと、その時初めて知った。
出来事としては単純な足の痺れである。
長時間正座してたため、膝から先に血液が行かなかっただけの話だ。
ところが、いくら正座を続けても平気な奴がいる。
彼らは小さい頃から正座習慣を身につけているため、下肢の動脈のバイパスが発達しており、正座で膝を折り曲げても血液が足先まで行き渡るのだ。
人間はある年齢までは動脈がバイパスを持っていて、必要とされなければ大人になるに従い退化、消失してしまうのだそうだ。彼らは血液の迂回路を知らぬうちに作っていた事になる。
若者の生き難さの理由の一つに、迂回路の形成のマニュアルが提示されていない事もあるのではないか。
徳さんなぞは、人生を迂回ばかりしてて、本道が分からなくなってしまって、それはそれで大問題であるが。
それにしても、あの痺れが回復して行く時の不快感、ありゃ何だ?

2005.9.7
おはよう。
カイロの施療士の修行を勧められた時、そんなジジババ相手の仕事は嫌だと思ったものだった。
別にジジババを嫌っての事ではない。
なんか先の人生が渋茶色に染まってしまう気がしたのだ。
ところが実際には若い患者さんの多さに驚かされる。(だからと言ってばら色の人生が待っていた訳でもなかったが)
その誰でもの当初の訴えは、肩こり腰痛と言ったたわいも無いものだが、慣れるにしたがって隠し込まれた不定愁訴を小出しに訴える若者が意外に多い。
端から徳さんを信用している訳でもなく、様子見でジャブを打ってくる感じなのだ。
肩こり腰痛などは、彼らにも本当の正体が掴みきれない不安感、不全感をカモフラージュする、とりあえずの仮面としての症状のような気がする事も度々だ。
若い連中の生き難い世に成っているようだ。

2005.9.3
おはよう。
徳さんの予想は当たったためしが無いので、以下の話は気楽に聞いて欲しい。

ハリケーン「カトリーナ」がきっかけとなって、アメリカ合衆国は崩壊する。
南北問題をごまかし切れなくなるのだ。
ソヴィエト連邦崩壊に似て、いくつかの州が合衆国から独立していく。
それらの州内部でも分裂が起こり、小さなモザイク国家の乱立が起こる。
イスラム教への改宗者が激増し、宗教対立はアメリカ合衆国内部の問題となる。
アメリカ合衆国のイラク化、アフガニスタン化がそこにはある。
推進者は言わずと知れたブッシュジュニア。
歴史に残る無残な大統領として後世まで語り継がれる事になろう。
「カトリーナ」を境に、常に外部に敵を設定することによって繁栄を継続していこう、世界に対しての覇権を維持しようというアメリカの方程式に狂いが生じる訳だ。
為政者に謙虚になれと言っても無駄なのだろうが、嫌でもブッシュジュニアは内政重視の政策に移行しなければ立ち行かないはずだ。お利巧さん達で政権周囲を固め、己のお馬鹿さん加減を覆い隠してきた感のあるブッシュジュニアであるが、イラクの付けはでかいぜ。

ルイジアナ州ニューオリンズというのは、かなり特殊な街だ。黒人奴隷が送り込まれた窓口として繁栄した街。
アメリカを知らない徳さんが、多少なりともイメージ出来るというのは、その地が歌になっているからだ。
ジャズが生まれ、ミシシッピーが唄われ、ニューオリンズの街が唄われて来た。
歌になる、というのは、そこに生きるものにとって、苦しみや悲しみが多い事の証明だ。

2005.8.31
おはよう。
14140 いよいよ始まる。というきり番を設定してゲット者も無事出現したのが6月27日。
それから2ヶ月も経ってしまった。
そもそもこのキリ番を設定した時点で、国分寺での分店が開業に向けて動き出す予定だったのだが、近隣住民の皆さんのクレームが入ってしまった。
なんでも、そのマンションに設置してあるダクトの性能が悪く、現行以上のダクト使用はまかり成らん!という事らしい。
なんでカイロプラクティック施療院とダクトが関係あるのか?
そこはエヘヘ。
カイロプラクティックという仕事の性質上、障害者の方たちも(急にていねい語を使うなんて、徳さんもいやらしい)見える訳で、待合室の一角で軽い飲食が出来るコーナーでもあれば便利で楽しかろうと、計画してみたのだ。
すったもんだも末、やっと明日、契約にこぎつけた。
乞う、ご期待。

2005.8.27
おはよう。
日頃、自然治癒能力について大きな事を言っているカイロプラクティック施術士としての徳さんであるが、恥ずかしながら、以下の事を全く知らなかった。
『湿潤治療』
知らなかった。それは傷の治療法なのだが、今まで我々が教わった消毒やガーゼの使用、患部を濡らさないなどの方法がかえって傷の治りを遅くすると主張するのだ。
傷をおった際には、極端に言えば、水などで傷口を清潔にした後、サランラップで患部を覆って湿潤を保つようにする。それだけで、後は生体の自然治癒能力に任せる。
傷をおった後の染み出てくる浸出液が傷を治すための組織液なのだから、消毒薬で組織液の成分を壊したり、ガーゼで拭き取ったりしては傷の治りの邪魔をしてるだけだ、という主張である。
インターネットで調べてみたのだが、実際、その効果は目覚しものがあるようだ。
徳さんは東京新聞の記事で初めて知ったのだが、もうすでにあちこちで紹介されているようだ。
世の趨勢にいつも遅れてしまっている己を再確認した徳さんである。
記事を読んでて、これも知らなかった事。
相撲の力士が怪我の際には卵の殻の内側の薄い膜を貼って治すそうな。
経験的にやられている事だが、理屈がは同じとのこと。
おばあちゃんの知恵めいて、力士の知恵としてこの手の知恵を広めるのも相撲協会再生の道の一つかも。
カイロプラクティックも背骨の矯正をした後の生体の自然治癒能力への信仰から成り立っている事をあらためて胸に刻んだ次第でした。

2005.8.24
おはよう。
一週間の夏休みを取らせてもらった。
例年の夏期休暇は家族サービスと日頃会うことの出来ない友人、知人を訪ね歩いたりして、結構忙しく過ごすのだが、今年は当初の予定の半分もこなせなかった。
国分寺出店の話もまだ空中楼閣の段階で気持ちがどこかそぞろ状態ということもある。
しかし、何より今年の暑さだ。
気温だけを比べれば、去年の暑さの方が勝るのだろうが、今年のそれは湿気がすごい。
人からやる気を奪う蒸し暑さだった。熱中症だって何時に無く目立つ。
ぼやきぼやきでグータラ過ごした夏休みだった。
年のせいと云われればそれまでだが、、、、。
でも、毎日の酒だけは律儀に欠かさないのだから、徳さんもまだまだである。

2005.8.13
おはよう。
人の棲息状態にはある種の偏りのようなものがあるようだ。
親しいある人が亡くなると、立て続けにお葬式が重なるなどなど。
バイオリズムなどといって人々を信心に向かわせる輩もいて、因縁とか業という言葉が結構説得力を持ったりもしている。
先日の出張日、場所は国立市、ライフステーションワンスッテップかたつむり。
日本における障害者運動の先駆けとなった団体の一つである。
まずHさんが現れた。電動車椅子からギブスに固めた左足を真っ直ぐ突き出して、ニヤニヤ笑いながら徳さんに向かってくる。
施療ベッドには移れないから車椅子に乗ったままカイロの施療をしろとおっしゃる。足を骨折したため動きが制限されて腰痛がひどいとの事。なんでも車椅子から降りようとして持ち上げたはずのHさんの足が、不随運動のため上がりきらず自分の足を自分の電動車椅子で轢いてしまったとのこと。
事情は判った。
だけど、徳さん、どうしたらいい?
かんじんのHさんの腰は車椅子の一番奥深い位置に鎮座まします。
徳さんの悪戦苦闘振りを皆様多少は想像して下され。

次にMさんが現れた。浮かない表情で「俺は鬱になってしまったようだ。」とおっしゃる。
聞けば、Mさんの奥さんをむち打ち症にさせてしまったとの事。
Mさんの奥さんは重度の身体障害者である。
その奥さんを抱きかかえたまま階段を踏み外してしまい、夫婦共々こけてしまったとのこと。
Mさん自身もその時膝を打って怪我をしていたが、Mさんはそれどころでは無いご様子。精神的にとことん参っていた。

最後にMさんの奥さんの出番である。
確かに頚椎の歪みがひどくなっている。
しかし、Mさんの奥さんは体力が無く、徳さん、いつもどおりの矯正という訳にはいかない。
恐る恐る、Mさんの奥さんの首に緩和操作風の施療を試みる徳さんでありんした。それしか出来なかった。

さて、明日から約1週間の夏休みである。しばらくバイバイ。

2005.8.10
おはよう。
今回のFさんの腰痛は今までのそれとはちょっと様子が違った。
痛がるご本人には申し訳ないが、今までの腰痛はカイロプラクティックの理屈どおりで、徳さんにとっては馴染みの腰痛。やるべき事をやれば徳さんの役目は終わる。ある意味で気は楽だった。
ところが今回のFさんの腰痛は勝手が違う。
骨盤の一角に突然ピリピリした痛みが走るとおっしゃる。今まで経験した事の無い種類の痛みだと。
上臀神経痛による痛みのようでもあるが、上臀神経の出発点である腰骨の有り様は普段と変わっていない。
腰椎の歪みはいつも通りなので、いつもの腰痛が出るのなら理解出来るのに、、、、。
徳さんが余りに首をかしげるのと、ご本人もいつもの痛さと違うからと、Fさんは大病院の整形外科を訪ねた。
結果はレントゲン像も異常無く、疲労の結果でしょうと言われたとか。
安静にするようにとだけ指示され、また徳さんの所へ見えた。
安静にしている事が出来るほどFさんは暇人ではないのだ。
徳さんとしては元々のFさんの腰椎の歪みに対して施療する他無い。
元々の歪みがある訳だから、施療に対する効果も多少はある。多少は納得して帰られたFさんだったが、徳さんは釈然としないままだった。
そして今朝。
Fさんの奥さんから電話があった。Fさんの奇妙な腰痛の原因が分かったとのこと。
昨晩、Fさんは強まる痛みを訴え、患部を見ると赤く皮膚がただれていた。
なんと、犯人はヘルペスだったのだ。
Fさんの最初の訴えの時、患部の皮膚を見せてもらったのだが、その時は何の異常も無かった。
痛みだけが先行するヘルペスだったのだ。そんなものが在るとは。
徳さんのヘルペス認識には有りませんでした。
また一つ勉強しました。ナンマンダム。

2005.8.6
おはよう。
中学1年の2学期から高校時代と、大学を自主退学してからの数年間を被爆地広島で過ごした徳さんとしては、どうしても8月6日のこの日を語らなければならない。
当時住んでいた家の庭の片隅に、何本かの花崗岩の石柱が転がっていた。
処分すればいいようなものだが、代々に渡って手付かずのまま庭に放置されていた。
徳さんの親父は公務員だったので、住んでいたのは官舎という訳なのだが、必要以上に広い庭と広い間取りの家だった。それはそれで問題のある所だが、今回の話で重要なのは、当時20年間も誰もその花崗岩の石柱に触れなかった事である。邪魔で無意味な石くれである。なのに何故。
しばらくして、何となく事情が判って来た。
その花崗岩は被爆していたのだ。
本来の花崗岩の性情を知っている訳でもないが、徳さんの家の庭に無意味に転がっていたそれは、触れば触った先からボロボロと崩れ落ちる代物だった。こんな花崗岩は無いはずだ。
これが原子爆弾の恐ろしい意味なのだ。
この世にあるものの、性情を変えてしまうもの。それが原爆だ。
何代にも渡って、役立たずのその花崗岩を大事に放置した先住者に敬意を払った徳さんであった。

2005.8.3
おはよう。
Kさんが指先の痺れと上腕の痛みを訴えていらしてる。3日前に一度目の施療をしたのだが、たいした変化はまだ見られない様子。
まあ、やる方もやられる方も、そうそう簡単に解決するとは思っていない様子なので、その分、気楽といえば気楽なのだが。
施療中、ベッドから腕を垂らしていると上腕に痛みが走るとか、腕を上に挙げると痛みが無くなるとか、Kさんの体を横にして肩を後に引くと大胸筋が引きちぎられるように痛いという訴えを聞いているうちに、これは頚椎がどうのこうのというより、胸郭出口症候群なのだろうと判断した。医学書に載っている病名はどれもこれも仰々しいが、これは喉もとあたりを走る神経の通り道が狭くなっていますよ、というにすぎない。
Kさんにはあのバネのような奴を1本だけ使うエキスパンダーを勧めておいた。
口先だけの施療士と馬鹿にされる由縁だが、徳さん、次回見えるKさんを楽しみにしてる。
Kさんが多少なりとも真面目に取り組んでくれたらの話であるが。

2005.7.30
おはよう。
昨日は仕事を早仕舞いしてしまった。
新宿カイロの近くにあるライブハウス『たかのや』で、去年歌手デビューした中澤京子さん(ちゃんというのが適当なお嬢さんである)が参加するライブがあったのだ。銘打って「女性至上主義」。銘々が時代がかっていて徳さん、ちょっとご不満のご様子。女も男もさりげなく、にも関わらず生々しくというのが徳さん好みなのだ。まあ、そんな事は京子ちゃんに関係ない事だけど。
徳さんは中澤京子ファンクラブの会員である。勿論、高齢者の部で。そんなものがあったとして。
こんな事は徳さんの辞書に無い事である。
京子ちゃんが徳さんの患者さんである、という事もある。この浮世、多少のお付き合い、と言うものもあるではないか。
しかし、そんな世俗的な事情以上に、本当の理由は、カイロプラクティックの施術中に京子ちゃんがあげる絶叫にほれ込んでしまったのだ。
腹の底から出て来る野太い雄叫び。
これを使わない手は無いぜ。
彼女を取り巻くスタッフは、まだその事に気付いて無いようだ。
いじくり回すより、育てようぜ。

2005.7.27
おはよう。
台風一過で午前中の東京は一点のくもりも無い青空だった。こんな青空が見れるのは年に数回しか無いような気がする。
自然の暴力でもない限り東京には青空が訪れないのだろうか。
そういえば最近スモッグ汚染という言葉は余り聞かれなくなった。風化してしまったのだろうか。ディーゼル車の排気ガスだけがやり玉に上がっているが、東京の大気汚染はそんなに単純なはずは無い。アスベストも乱舞してるに違いないし、、、、、。
それにしても、昨日の台風進路予想にはだまされた。
曰く、日本列島を縦断する大型台風。その暴風域は日本列島を覆うだろう。
マスコミの取り組み方も悲壮感溢れるものだった。
おかげで我が新宿カイロは閑古鳥が鳴いちまった。予約キャンセルの電話番の赴きさえあった。
しかし、そんな日は、そんな状況を見越してか、仕事には無関係の電話がやたらとかかってくる。
精神を病み、なかば強制的に故郷に連れ戻された元患者さんからは、一向に改善しない病状と、家庭環境についての不満が毎度の事ながら言いつのられる。徳さんとしては、台風のような暴力しか解決の道は無しと家出を勧めているのであるが、当たり前の事だがご本人にその決断は出来ない。決断できる位なら、精神を病む所まで追い込まれる事は無かったのだから。その人に合った解決法というのはなかなかに難しい。理想的な駒が無いのだ。理屈上では有ったとしても。
重度の身体障害者で地方の施設に入ってる人は、東京へ帰りたいと訴えてくる。地域で生活している障害者を、そしてそんな彼女彼らを支えている応援者を多く見聞きしている徳さんとしては、何とも返事に困る訴えである。本人に本気のやる気さえあれば何とか出来るところまでは障害者の運動は積み重ねられてきている。にもかかわらず、重度の障害者が人並みに生きようとすれば乗り切らなければならない壁は幾層にも立ち塞がっている。有るべき姿が、現実のつまらない事情で無視される。
などなど。何か暗い台風一過であった。

2005.7.23
おはよう。
当HPで新しいコーナーをつくった。『私設論壇』というものだ。
徳さんのHPとしては背伸びし過ぎという感もあるが、患者さんが参加してくれるという無上の喜びがある。
商売の宣伝が主体になっている徳さんのHPでどのような皆さんの参加がありうるか、これでも日夜頭を悩ませている徳さんなのだ。相生さんの発言を材料に皆でカンカンガクガクというのが夢の一つなのだが、これは皆さん次第。
第2、第3の相生さんの出現を願っておりまする。
まあ、これからどうあいなりまするか。
そういえば、中学の時に、堀田君というのが私版の雑誌をわら半紙で創り、まあ今で言うところのブログみたいなものを手書きで作って、毎日のように授業中に皆に回覧させて悦に入ってた。内容は諸先生を揶揄したものや、同級生の内幕物だったり、たわいの無い小話しだったりして、読む者をただニヤニヤさせるものに過ぎなかったけど、四十年経っても徳さんの記憶に残っているというのは、当時一生懸命?授業してくれた先生に対してはっきりと堀田君の勝ちである。先生達の授業はほとんど覚えていない。授業中は居るのか居ないのか存在感の余り無い彼だったが、生徒の居場所は学習だけではないのだ。
己を伝えようとする行為にひとまず乾杯!といこう。

2005.7.20
おはよう。
出張先で施療しているAさん夫妻が夫婦共々褥創(床ずれ)になってしまった。
患者さんが何らかの事態に陥って、初めてあたふたとその病気の勉強を始めるのは徳さんの常である。
おもえば、最近、徳さんの周りには褥創に苦しめられてる人が多い。
先日、腎臓摘出したヒロシも1ヶ月の入院生活で尾骨辺りに強烈な褥創が出来てしまった。もっと冷静に考えれば、我が母親も股関節が不自由で決まった座り方しか出来ぬため、けつに褥創が出来て痛がっている。
何とかしなければと、褥創の成り立ちと、その治療法を少し勉強しだすと、その難しさのみが伝わって来る。
そこで、褥創に現在悩んでるAさんの体験談。
Aさんは数年前、その時も褥創持ちだったのだが、一生に一度とモンゴルに旅行した。道中、でこぼこ道をバスで揺られるなど、褥創が悪化するのではないかと懸念されたが、実際はその反対で、今まで携えていた褥創が跡形も無く消え去ったとの事。これは何か?
乾燥した気候のせいなのか?
たぶんそうなのだろう。まさか天に突き抜けるようなモンゴル高原の空の高さがAさんの褥創を治したとは思えない。
だが、ひょっとしたらモンゴル草原を駆け抜ける風が癒しを与えたのかも知れない。
いずれにしろ、今後、日本褥創学会(学会も細分化されていてこんなものがちゃんとあるんですな)はAさんの奇跡を検討しなければならない。
褥創を治しにまたモンゴルに行きたいとおっしゃるAさんは完全に無いものねだりである。

2005.7.16
おはよう。
久々さにTさんが施療にみえた。3年振りである。
3年前までは週に1回、律儀に施療に見えていた。といっても、その時の患者さんはTさんではなく、Tさんの母上、80うん歳のOTIYOさんであった。Tさんは付き添いで見えていた。
OTIYOさんは難病を患っていて、立ち居振舞いにも難儀をされていたが、持ち前の性格に多少のおボケが加わって、徳さんとの会話のやり取りは常にほのぼのしたものだった。
体の動かし方のコツ等を伝えても、その場限りで、毎回同じ事に感動される。「おや、簡単に立てますねえ。不思議ですねえ~。」と感謝される。徳さんにとっては思い出のお一人である。
そのOTIYOさんの好物が大福である。
しかも、出来立てのそれでなく、何日か日を置いた、幾分ガワの固くなったものがお好みとの事。
大福のカワ(この場合、カワが正しいのか、ガワが正しいのか、誰か知っていたら教えて下され。)が固くなってからのほうが美味しく感じるというのは、かなり少数派なのだろうが、OTIYOさんの年齢から考えると、当時の食糧事情もあって分かるような気がする。一つの大福を大事に食べた時代だったのだ。そして大事に翌日にとって置くという行為が固い皮の大福に出くわす事につながる。
そのOTIYOさんが、晩年になって最近の大福に対して不満を持つようになった。
日が経ってもなかなか大福が固くなってくれないのだ。
乳化剤か柔軟剤が使用されてるに違いない。
大福さえもが自然の姿から遠ざけられる現在、OTIYOさんの晩年の楽しみは奪われてしまった。
懐かしの味とか食感というものはいつまでも保証されたいものである。
東京では7月13日がお盆入り、「そうだわ、大福をお供えしなっくっちゃ。」と言いながら帰られたTさんでした。

2005.7.13
おはよう。
徳さんは一人暮らしの自炊生活が長かったせいで、そこそこ料理をする。
先日も飲んべえの知人が訪ねてくれたので徳さん腕を振るった。まあ、酒の肴主体でたいしたもんじゃあないのだが。
その中に、現在開発中の酒の肴がある。
エシャロットをみじん切りし、金山時味噌適量とからませる。
基本はただそれだけなのだが、これだと自慢できる味にはまだなってない。味に深みが無いのだ。
ではどうすればよいのか。そこが現在試行錯誤中なのだ。
金山時味噌にしたって徳さんはスーパーで見つけた安物を使用しているが、もっと本格的なものを使わねばならぬのかもしれない。しかし、徳さんの酒の肴のモットーは手軽で安くて乙な味、であるからして、安金山時味噌で何とか仕上げたい。
今回は、酒とカツオのダシを加えてみた。
しかし、まだまだである。美味しいけどイブシ銀の味には程遠い。
自分の作った酒の肴に早く酔いしれたい徳さんであった。

2005.7.9
おはよう。
また、とんでもないテロがロンドンで起きた。
一般市民を巻き込んだ無差別テロは決して許せない。

という感覚がイスラム世界から見たら義憤に駆られるのだろう。
とんでもないテロはイラクでは毎日起きている。毎日、一般市民がテロに巻き込まれ死んでいってる。
一方テロ掃討作戦ではテロリストと女子供の区別無く爆撃殲滅の対象になっても世界は静観している。(この事だけをとっても新たなテロリストの誕生には理由があると言って良いだろう。)
そこには命の軽重がはっきりある。
それがある限りテロは無くならない。
こんな簡単な理屈はサミット首脳には判りきった事だ。
しかし、
彼らがその事に触れようとしないのは何故か?
テロを己の政治的立場の強化に利用できるからだ。
彼らの言葉と裏腹に、彼らはとんでもないテロを願ってさえいる。

そもそも今回のサミットはアフリカの貧困を議題にしようとしたものだった。
語られるのは、その支援、援助の方法のはずで、そこにはアフリカを貧困に追いやった先進諸国の反省は見られない。
毟り取って、放置して、瀕死の状態まで追いつめて、おもむろに憐れみを施そうという魂胆だ。
はっきり言って、やな野郎達の闇会談のようなものだ。
そう言われるのが嫌なら、自国(企業)の利権を放棄する宣言でもしてからアフリカ諸国の自立を云々すべきだ。
犯人は私だ。という認識から出発したものでしかアフリカには受け入れられぬだろう。

テロ対策は犯人は私だという認識に尽きると徳さんは考えてる。
テロは許せないが、テロを生み出す土壌を死守する連中も許せない。

2005.7.6
おはよう。
毎日のニュースは目まぐるしいスピードで垂れ流されている。つい数日前のニュースはすぐに色あせてしまう。裁判が開かれ過去の事件をおさらいするとか、何周年記念として特集を組まれ、ようやく過去の出来事、事件を振り返る、といった事でお茶をにごされている。社会安全保障上の一つのガス抜きぐらいにしか位置付けられていないのだろう。
少し前のことだが、北朝鮮が核の保有を宣言した。
これだって、北朝鮮に次の動きがあるまでは放置されるに違いない。
北朝鮮が核保有を目指す理由は簡単だ。
自分を一人前に扱えよ!という事に尽きる。取引材料のグレードアップだ。
アフガニスタン、インドに対しても核保有した時点(核実験を成功させた時点)で、国際社会(特にアメリカ)の扱いが変わったのだから、苦し紛れの北朝鮮が核保有を目指す事は当たり前とも言える。
このまま行けば、世界中の国が核保有国になる可能性だってある。
今までは優位(価値の話ではなく、暴力の力って意味)に立つ者の象徴であった核保有が、劣位のものの安全保障としての核保有に意味を移行している。
イランだって移行中だ。
だいたい、核兵器を持って良い国だと自認する意識があるから、いけないのだ。その意識たるや、いやらしい。
すべての核保有国に蔑みを!

2005.7.2
おはよう。
前回のSさんと話してて、ふと疑問に思うことがあった。
Sさんの作る農作物は多岐にわたる。代表的な野菜を網羅している。しかも品種を選んで収穫時期をスライドさせていくのだから、まさにアマチュア版農の匠である。
そのSさんの話にとうもろこしがいくら待っても出てこないのだ。徳さんから聞いてみた。
「とうもろこしはやらないんですか?」「とうもろこしは何百本単位でやらないと駄目だ。とても家庭菜園に毛の生えたような耕地面積では出来ない。」「あれ!何で?」「とうもろこしはたくさん植えないと実がぎっしり詰まらないんだよ。1個1個の実が受精しなくちゃならないからねえ。」「え!とうもろこしって、あの一粒一粒がそれぞれ受精してるんですか?」「そうだよ。とうもろこしには先っちょにヒゲがあるだろ。あのヒゲが一粒一粒につながっているめしべで全部の実が受精するためにはたくさんのとうもろこしが密生して無くては駄目なんだよ。」
そうか、それで判った。一昨年、とうもろこし好きの徳さん、庭の片隅に苗を2本買ってきて植えたのだが、やっと15cmほどの貧弱にに実ったものがあったものの実は歯っ欠けのポツンポツン状態だった。家の者に見せるわけにもいかず、茎を引っこ抜いてごみ収集袋に隠すようにしてほおり込んだ徳さんだった。
我が身の運の無さを恨んだ徳さんであったが、何の事は無い。ただ知識が皆無だったのだ。
徳さんの無知蒙昧ぶりも、ここまで来ると滑稽を通り越して惨めですらある。
それにしても、一見なんの身動きもしない植物の生殖行動には、息を呑むほどの濃密さがあるんですな。
これからは、とうもろこしの皮をむく時、一粒の実とヒゲの関係に注意してむくようにしよう。

6日しか無い。
一年分の領収書は先程整理し終えた。
これから、徳さん苦手の単純計算作業に入る。
嫌なものはとことん手を付けない性格が1年に1回裏目に出る。

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