しりきれとんぼ2003年後半

2003.11.22
おはよう。
先日、玄人と素人の差を見せ付けられた。
施設を出て地域で当たり前に暮らそうとしている知的障害者と彼ら彼女らを支援する者達の団体があって、その事務所が徳さんの出張先の一つになっている。
たまたま彼らの会議の日と徳さんの出張日が重なっているため、毎回、彼らがワイワイガヤガヤやっている片隅で施療している。
支援者の一人にちょっといなせなM君がいる。会議中インスタントラーメンを2人前平らげるのが毎回の定番なのだが、背中を丸めてそばをかき込む姿が渋いと言えなくも無い。
そのM君の顔が傷だらけである。顔の中心部は無傷で周辺部だけにかなりひどい引っかき傷が縦横に走っている。傷だらけの顔のくせになにくわぬ表情をしているのが、また憎らしい。
聞けば、当事者であるS君とアイアンクローのかけ合いをしたのだそうだ。
おそらく感情の不安定な事があると暴れだす事のあるS君を静めようとして取っ組み合いになったようだ。しかし、S君の顔はきれいじゃない、と問い詰めると「僕は技を知っているからね。相手を傷つけるような事はしない」と言ってニヤッとした。
会議中、二人は何事も無かったように並んで煙草を吹かしていた。

2003.11.19
おはよう。
このホームページの掲示板、セット・ユー・フリーでは、なにやら、きり番をめぐってにぎやかだ。
が、それはさておき『人体の不思議展』
動脈だけを取り出し、赤く着色した樹脂を流し込んだ標本がいくつもあった。
印象的なのは、肺と上肢、下肢の標本だ。
まさに動脈がびっしりと詰まっている。
毛細血管を取り出す事も、それに樹脂を流し込む事も困難なはずだから、この赤い固まりのようにさえ見える標本も本物の人体の血管網の一部でしかないはずなのだが。
赤い樹海。赤い海藻の繁茂。赤い珊瑚の群体を思わせる。
これなら生きていける、と思わせもするし、血管のトラブルが命を左右すると言う事が理屈じゃなしに、実感出来る。
怪我をして流れ出る血を見る事はあっても、三次元の世界で血液が体中を駆け巡っていることを再認識させられた徳さんであった。
その他に動脈の集中している印象的な箇所は、顔面、腋下、鼠径部だった。
これからの施療に役立てられれば徳さんも立派な奴だが、、、、。

2003.11.15
おはよう。
『人体の不思議展』には、日曜・祭日を避けてウィークデーに行くようにした。
徳さんは過去何回も日曜・祭日に美術館や博物館の催しに出かけ、うんざりした経験をしている。
なにせ東京の催し物は人が多いのだ。入館するのに列に並ばねばならぬ。延々とした長蛇の列の場合もある。鑑賞するに際してもその列の固まりのままの平行移動である。気に入ったモノを前にしても立ち止まる事は許されない。おまけに徳さんは多少寸足らずであるからして、、、、、。
徳さんは地方都市の生活が長かったもので、上京直後は、東京さ来たからには文化的な享受をしてやるぞと意気込んで休日とあらばあちこち出かけたものだが、東京の人の多さにやられてしまい、あっという間にその熱意とやらは雲散霧消。以来、非文化人を通している。
さて、『人体の不思議展』。
目論見どおり混雑は避けれた。のだけれども、ちょっと興ざめの体験をした。
場内係りのアルバイトの青年が数人、絶えず口上と注意をして歩いているのだ。無機的に、嫌そうに。
「ここにある展示物は皆本物です。」「標本には手を触れないで下さい。」「ケースのガラスは弱いですから手を付かないで下さい。」この3種類の口上を繰り返し耳にするのは気分の良いものではない。
そして、順路の最後になって、ご自由にお触り下さい、という標本が1体置いてある。
あいつらの耳障りな口上は何だったのか。
プラクトミックという技法は、プラスティック樹脂を人体に注入し、保存の利くようにしたものらしいが、生々しさは無く、触ればカチンカチンのプラモデルのような物であった。
順路の最初に、触っても良いとする標本を何体か置いておけばそれで済む話だったのに、、、、。

2003.11.12
おはよう。
よくも切り刻んだり。
『人体の不思議展』に行って、ともかくの感想は、よくも切り刻んだり、というものだった。
人体の解剖展だから表皮を切り開き、筋肉を取り除き、内臓を取り出し、といった段階的なものを想定していたのだが、そしてそれなら解剖学の教室でやっている手順なのだろうが、今回目にする展示物はやたらと切断面を見せるものが多かった。
圧巻は一人の体を上から下まで幅6~7センチ間隔で切断したものだ。両面から見やすくするため空間を設けてあるので全身の展示となると5,6メーターにはなっていると思う。まさに巨人の涅槃像を想わせ、その時徳さん、思わずナンマンダムと呟いてしまった。
徳さんは施術中、いま押している筋肉が何者なのかを思い描きながら施療しようと努力はしているが、三次元で人体を把握するのは意外と難しい。良かれと思って、とんちんかんな施療にしかなっていない事も在るに違いない。
この涅槃像、一体欲しくなった。
もっと贅沢な願いは、CGでいいから、施療受けた体がその時どうなっているのか、リアルタイムで映像化出来るものが欲しい。筋肉を押した時に血管はどんな流れになるのか、リンパ節をマッサージした時にリンパ液の流れに変化はあるのか、関節を矯正した時に靭帯の緊張度はどのように変化しているのか、などなど。自分のやっている行為の自己確認みたいなものが欲しい。
『人体の不思議展』はまだまだ続くぞ。

2003.11.8
おはよう。
先日、仕事を休んで、わがおふくろ殿の同窓会のお供をしたと報告した。
しかし、いかに我慢強い徳さんといえども、80歳×20名、1600歳のお婆ちゃまのワイワイムニャムニャの空間に何時間も控えている事は出来ない。そんな事をすれば、余りに強烈な漬物酵素の作用によって、徳さんの身体は完全に崩れ、溶け去っていたいた事だろう。
おばば会食の合い間を利用して、東京国際フォーラムでやっている『人体の不思議展』に行ってみた。
患者さんの何人もが、すでに行っていて、あれこれと感想を聞かせてくれていた。
もう一度行きたいと言う人から、もう御免だという人まで。
プラスティック樹脂を注入して固めるプラストミックという技術で本物の人体を使って標本を作り上げている。
それを生々しいホンモノと感じるか、加工処理されたモノと感じるかは、それぞれの個性を表わしているようで、徳さんには、そちらの方が興味深かった。
いずれにしろ、人様の身体を預かる仕事をしている行き掛かり上、この画期的な人体の解剖展を見逃すわけにはいかない。
次回は、その時の感想をちょこっと。

2003.11.5
おはよう。
昨日、広島県、能美島のドッグで爆発事故があり、1人が死亡、4人が重傷を負った。
そのうち死亡者と重傷者の一人が若いフィリピン人だった。身分は研修生とある。
第一報を4日の夕刊で読んだだけなので、詳しい事はまだ良く分らない。
しかし、徳さんの邪推でなければ良いのだが、そしてそれが単なる徳さんの早とちりによる誤解だったらゴメンナサイだが、なにかきな臭いものを感じてしまう。
4日午前8時半頃起きた事件だから、全国紙の夕刊の締め切りにはかなり時間があったはずだが、その時点で氏名の判明したのは同県人の2名だけと言うのがまず気にかかる。きっと、下請け、孫請け、ひ孫請けなどの複雑な雇用関係があったと思われる。すぐに氏名が判明した2人を除けば、発注者はもとより、施工者さえも把握できてない労働者だったに違いない。
そして、その把握できてない下請け、孫請け、ひ孫請けの中に、研修生と称するフィリピン青年達が居た事になる。きっと外国人労働者ビザの関係で研修生と名乗らせただけの3K仕事だったに違いない。
徳さん思うに、日本の産業の構造改革は下請け制度と言う、利権の段階的ぶんどり構造に手を付けなければ果たせない。だれも言ってはくれないが。
そして、外国人労働者の受け入れを正しくしなければ、国際社会に貢献する日本などと、恥ずかしくて言えるはずが無い。
翌5日の朝刊にはこの事故の続報は載ってなかった、、、、、、、。

2003.11.1
おはよう。
今週は水曜日を臨時休業させてもらった。
80歳にならせられまするおふくろの女学院時代の同窓会のお供である。
冥土の土産とか、これが最後の友達達の見納めだ、と脅されれば、長年親不孝を続けてきた徳さんとしては仕事を休んでも下男を勤めざるを得ない。
国分寺から四谷まで、徳さんにとってはいつもの通勤コースに毛の生えた距離だが、車椅子のおふくろは「久し振りの省線ね」といって悦に入っていた。省線とはかつての国鉄のそのまたかつての呼び名で、鉄道省の管理下にあったため、そう呼ばれていたそうな。なんとも旧い話ではある。
車椅子の移送は数年前に比べても、数段快適になっている。
スロープ、エスカレーター、エレベーターが多くの公共施設で整いだして来たからだ。
駅員も車椅子の乗客が当たり前になっている様子で、淡々と手馴れた様子で対応してくれる。設備さえ整えば、車椅子の移送などはたいした手間ではない。
まだ施設の整っていない駅などでも、整っていない側の責任をを自覚して人海作戦でわりと快く対応してくれる。
少し前まではこうはいかなかった。
むやみに待たされたあげく、露骨に嫌な顔をされた。電動車椅子で階段の昇降を頼むと四人がかりで持ち上げるのだが、その余りの重さのせいもあってか、皆ふてくされた顔で義務としてだけ対応された。バスなどでは乗車そのものを拒否された。
当時と人が替わった訳ではない。
環境施設が整ってきただけの話である。
そうさせたのは障害者の外へ出る意識である。ここまでくるのに30年は掛かっている。
そして環境さえ整えば、車椅子側も気兼ね無しに行動でき、周囲の負担も軽くなり、当たり前の意識で対応するようになる。
駅によって移送の方法がまちまちなのは、日々バリアーフリーを目指しての技術改革が進んでいる反映なのだろう。

2003.10.25
おはよう。
今日は徳さん、ちょっと良い思いをした。
この4,5年前から新宿御苑界隈では、更科さんも北京飯店さんも小人数分の出前をしてくれなくなった。うちは何時までも出前を続けますよと頑張っていた山海珍のオヤジも3年前に降参してしまった。
人件費の高騰に皆、音を上げてしまったのだ。
成人病対策もあって、徳さんは弁当を持ってくるようになった。しかし、毎日という訳にはいかない。
たまに近くのお弁当屋さんのお世話になっている。(コンビニの弁当は歳のせいか買う気になれない。おしんこも一緒にチンするなんて。)今日はおばさん三人でやっている、栄屋という屋号のそのお弁当屋さんに行った。いつもは500円のA弁当かB弁当、たまに奮発して650円の日替わり弁当を頼むのだが、なぜか今日はカレー味が恋しく、ハンバーグカレー600円を注文した。
しかしである。おばさんたちが揃って「ごめんなさーい。カレーは終っちゃったのよー。」とおっしゃる。
残念無念。
徳さんは気を取り直して、日替わり弁当を注文し直した。
栄屋さんでは、注文を受けてから弁当の具を詰めたり、足りないものがあったりすると、その場で調理したりするので、いつも多少は待たされる。ところが今日はいつに無く待ち時間が長い。
やがて、「お待たせしましたー。」と呼ばれて受け取る時「これ、急いで作ったんです。」と言って、小さな汁物を入れる容器を注文した弁当と共に渡された。味噌汁か何かのサービスだと思い、軽い気持ちで受け取った。
施療室に帰り、汁物の容器の蓋を開けると、なんと、カレーが入っているではないか。

2003.10.22
おはよう。
いつの頃からか、時々思い出しては気にかかることがある。
社会科の日本史の授業の事だ。
中学の時も高校の時も日本史の授業は、この徳さんのボソボソコーナーの題のように、しりきれとんぼだった。
共に、昭和の大恐慌あたりの授業で時間切れとなった。
第1次世界大戦の直前までの打ち切りである。
受験と言う切羽詰まったものが後に控えていたというのが表向きの理由だった。
当時は正直に時間切れの理由を受け入れていたが、現実を生きるようになって、現代史の重要性を肌で感ずるようになった時、自分の基礎知識が余りにもお粗末なのに唖然としたものだった。
徳さん、だんだん年を取ってきて、物事をはすっかいに見るようになって来ると、当時の先生達の、良く言えば苦渋、悪く言えば狡猾さが見えてくる。
現代史の授業は、教科書的、と言う事は文部省の建前としては充分に教育されるべきものとしてあるのだが、実際にはタブーとなっていた事が分る。入試問題にも出題されない暗黙の了解があったと思っている。文部省の内部通達にその手のものが在ったに違いない、とは勘ぐり過ぎなのかも知れないが、先生達が率先して現代史の授業をネグっていたのは確かだ。
先生達にしてみれば、今を、近現代を語る事は、己を語るに等しく、剥き出しの裸の姿を生徒たちにさらけ出してしまう事につながる代物だったと、今では思う。
生徒たちが一番欲しかったものが、日本史の授業には無かった。

2003.10.18
おはよう。
「石器時代の生活をして下さい。」
どんな生活をしたら良いのか、といった趣旨の質問を患者さんはよくされるが、徳さんの答えは決まっている。
出来るはずの無い事を要求している答えなのは承知しているが、正解なのも確かだ。
適当に飢えていて、食物を手に入れるためにはかなり努力しなければならない生活。
獲物を追って裸足で野山を駆け回る。貴重な獲物は頭から尻尾まで食べれるところは残さず食べる。
自然の営みに逆らうことなく、日の出と共に起き、日の入りと共に寝る。
足腰が強く、歯が強く、全食主義で栄養バランスが良い。睡眠も太陽に連動してて自律神経が乱されにくい。
こんな生活が出来るはずも無いが、現代人の生活が動物としての生き方から遠く離れてしまっている事を時には思い出しても良いと思う。
現代人は足が特に弱っている。足に関しての視点は幾つもあるが、一つは脚の後ろ側(ハムストリングス)が縮んでしまっている事だ。腰椎の並び方に悪影響を与えるし、膝にも負担をかける。
岩山などを歩き回れば、知らず知らずのうちにハムストリングスを伸ばしている事になるのだが、、、。
徳さんがお勧めの健康器具がある。
ただである。ただより高い物は無し、と言うが、本当にただそのままなら、これほど安いモノは無いと言う事になる。是非ためされて下され。
使い古しのまな板を1枚と長さ20~30センチの適当な太さの角材を探してくる。まな板が斜めになるように角材をまな板の下にセットする。その上に裸足で両足をそろえて真っ直ぐ立つだけ。
角度は、膝裏が少し痛い程度から始めて、角度を徐々に付けていけばよい。
日常生活の片隅に置いておき、立ち居振舞いごとに、このまな板に載るようにすれば良い。
名付けてハムストリングス伸展器。

2003.10.15
おはよう。
お馬鹿な患者さん その②
新宿カイロでは患者さんに対し3つの仕事をしている。
患者さんの話を聞く。患者さんに説明をする。そして施療をする。
どこでもやってる当たり前の行為だが、そのバランスは結構難しい。
特に患者さんへの説明は、相手を見極めないと予想外の事態に出くわす。
Mさんが長年の腰痛を訴えていらした。真面目そうな方である。
徳さん、例によりMさんの姿勢を分析し、あるべき姿勢を説明した上で施療をした。
幸い数回の施療で腰痛は無くなり、やがてMさんは施療に見えなくなった。
3ヶ月ほどして、まったく偶然に、あるレストランでMさんにであった。
そのMさんの食事光景が何か異様なのだ。
確かに背筋を伸ばして姿勢よくされているが、まるでロボットが食事をしているように、ギクシャクしている。気を付けをしっぱなしで食べていらっしゃる。
これでは折角の料理もうまさが半減するだろう、と食いしん坊の徳さんは気になってしょうがない。
背骨の管理状況を知りたいとか何とか言ってMさんに施療の約束を取り付けた。
久し振りに拝見したMさんの背中は案の定ガチガチに凝りまくっていた。
良い姿勢と気を付けは違う事を説明したが、前回私の話を素直に聞き入れてくれたMさんが、どうした訳か今回は強情に、気を付け姿勢の維持を主張して譲らない。
「この姿勢を守る事で腰痛の苦しみから開放されているのだから、何と言われても、今の姿勢をこれからも守ります。」と逆に宣言されてしまった。
ちなみにMさんの職場はNHK。
徳さんはその時以来、患者さんには百点を目指さないように申し添えるようになりましたとさ。

2003.10.11
おはよう。
10月6日の東京新聞『こちら特報部』に外務省人事をめぐる記事が載っていた。
前レバノン大使の事実上の解雇にまつわる顛末である。
彼は米英によるイラク攻撃(徳さんはくやしいからイラク戦争とは呼ばないと以前書いた)の直前と直後に、小泉首相の闇雲なイラク攻撃支持の姿勢を危惧して、日本国政府と全外国公館に対して、国連の合意無き攻撃に反対して、国連憲章の精神を守るように、そして戦争状態を回避する努力こそが外交だと訴える公電を打った。
この当たり前のコモンセンスに対して、外務省の答えが事実上の解雇だった。
事実上というのは、人事の若返りのために退職させるという、卑劣な外務省の言い回しによる。
普通、役所のお偉方の人事は、新聞以外のマスコミによって報道される事は無いし、新聞報道も関係者以外の者が注目するはずも無い。当たり前だ。知らないおっさん、おばはんの肩書きが替わっただけの記事に、その味気ない事実だけを羅列しただけの記事に興味を感ずる者など居ると思うほうがおかしい。一般の人事異動の報道は読ませないために書いてるとしか思えない。
徳さんの友人達が出くわしている、会社、役所、学校などでの末端人事の不適切さ、不当さを見聞きしても、様々な物語がある。改革するに充分な話ばかりだ。
徳さんが今回の東京新聞『こちら特報部』を支持する由縁である。
その前駐レバノン大使の名は天木直人。覚えていて見よう。こういう人のその後が大事なのだ。

2003.10.8
おはよう。
新宿カイロは徳さんの営業能力を表わして、マンションの1室、実に狭い空間で施療行為をしている。
当然、待合室も無ければ更衣室も無い。
施療の空間と待合室としての空間をカーテンで仕切ってお茶を濁している。女性が着替える場合は徳さんが待合空間に逃げるようにしている。
その待合空間には週刊誌と新聞、健康関連の本と基礎的な医学書、そして徳さんお気に入りのマンガが置いてある。患者さんが寄贈してくれた本もある。貸し出しは自由である。
新聞は東京新聞を置いている。
論調に癖が少ないのが選んだ理由だ。新聞社のこれ見よがしの正義面や、客観的報道と称して特定のイデオロギーの押し付けはまっぴら御免だ。
東京新聞の全ての記事に満足している訳ではないが、さりげない良心や、親切な後追い報道の特集が2つあって、これは突出していると思う。
ひとつは『東京新聞サンデー版、世界と日本大図解シリーズ』で、毎日曜ごとにその時々の注目すべき事件や事柄を1面全部を使って分りやすく地図やグラフやイラストで説明を試みている。半年に1度はその中でも主だったものをパンフ様にして配布している。
他のひとつは『こちら特報部』だ。
これは一般の記事では埋もれがちな事件を取り扱ったり、忘れ去られがちな事件の後追い情報を提供してくれる。
そこには新聞記者魂のかけらが在るように思う。
次回は最近の『こちら特報部』を紹介しよう。

2003.10.4
おはよう。
お馬鹿な患者さん その①
新宿カイロは徳さん一人だけなので、基本的に予約でやっている。待たすのが嫌いなのだ。
それでも突然痛くなった方がアポなしで施療に見える事がポツポツとはある。
Fさんが背中が急に痛くなったと訴えていらした。背中を丸めて呼吸もし辛そうだ。ギックリ背中である。
ゴルフの練習中に変なスイングをした時、急に背中に痛みが走り動けなくなったとの事。
胸椎の4番が右にずれていたので矯正すると、Fさんの背中の痛みはあっさり取れた。
急性の方が治りやすいという事もあるが、Fさんの場合、筋膜の損傷がそれほどひどくなかったのだろう。
徳さんの施療成績としては稀に見る好結果だ。(謙虚、謙虚)
Fさんは、よろこんで帰っていった。
そして1時間後、Fさんがまたやって来た。
最初に見えた時と同じ姿勢と顔付きで。
Fさんが帰っていった場所は、会社でもなく、自宅でもなく、ゴルフの練習場だったのだ。
先ほど打ち残した150球が気になって、練習を再開してしまった。おバカなFさん。
打ちっぱなしのゴルフ練習は、自分で課題を設け、決まった格好で打ち続ける事になる。偏った姿勢で特定の筋肉だけを酷使せざるを得ないため、肘、膝、背筋などを傷め易い。
下手でもいい。スコアを気にしないでコースを練習場としながらラウンドして下さい、というのは、ゴルフ知らずの物言いなのだろうが、体の事を考えるなら、打ちっぱなしのゴルフ練習は控えめに。
1日に2回も施療したのは、この18年間Fさんだけだ。
喉元過ぎれば熱さを忘れるとは言うが、Fさん、いくらなんでも忘れるのが早過ぎるぜ。

2003.10.1
おはよう。
今年は9月に入ってからの猛暑が20日過ぎまで続いた。季節はずれの暑さがこたえた人は多かったと思う。
その暑いさなか、へとへとになってKさんが施療を受けにやって来た。
公立中学の教員をされている。痩せてはいない。
その日、K先生は料理実習の授業があって、教室のなかの何台ものガスコンロを使って生徒たちに料理を作らせた。
「地獄ですよ」とおっしゃる。
なんでもKさんの勤める中学には冷房が無いのだそうだ。
徳さんは話を聞いて先生達と生徒たちが可哀想になってなってしまった。
たしかに、徳さんの小、中、高、大の生活を振り返っても、冬場の暖房はあったが、夏場の冷房は無かった。それで何の不満も無かった。だいいち、その頃は世の中に冷房装置も無かった。
しかし、今は当時の暑さとは違うし、皆、家に帰れば冷房がある家庭が多いと思う。学校を終えて通う塾は冷房完備のはずだ。環境の落差があり過ぎる。
自治体に金が無いのが理由らしいが、なに、官の無駄遣いをほんのちょっぴり削ればいいだけの話だ。
冷房がある事だけを理由に私立高校を目指している中学生のお子さんを持つ母親も患者さんの中にはいる。

2003.9.27
おはよう。
またやってしまった。
LANカードを破壊してしまった。
今回は完全に徳さんが悪い。深く反省している。
話は2段階ある。
まず最初に、インターネット閲覧中に突然画面が崩れ、あいまいなモザイク模様に成ってしまった。
これに関しては徳さんに罪は無いと今でも思っている。
しかし、どうして良いのか分らないので、一旦強制終了させ、再稼動させた。すると英語で何やら指示している。これが分らんのだ。文章としての部分はなんとか理解しても、PC言語というのか、頭文字を並べた意味不明の単語に多数出くわしてはもうお手あげである。
日本語のパソコンのマニュアルだって理解しがたい日本人の徳さんに対してこの英語の説明は無いだろうと、かなり投げやりになってserveするかどうかを聞いてきた時にしなくて良いと答えてしまった。
それでインターネットがつながらなくなった。
いまでも恨みがましく思う事は、本当に困った場面こそ日本語で説明してくれ、ということだ。それが初心者に対するサービスというものだ。マイクロソフト社を嫌いに成ってやるぞ。
この第1段でLANカードが壊れたのか、改めてインストールからやり直してもうまく回復してくれない。パソコンがLANカードを認識してくれないのだ。この時徳さんは失敗を繰り返してしまった。いろんな試みをしているうちに、ハードウェアーの取り外し手続きをしないでLANカードを引っこ抜いてしまったのだ。もう決定的である。サポート会社に電話で相談しても埒がいかない。親切に対応してくれたが、結局LANカードが壊れたとの結論になった。
最近律儀にHPの更新を試みている徳さんにとって、突然のインターネット使用不可は何とも困る。
治療の合い間を縫ってひとっ走り、新宿のさくらやまでLANカードを求めた。
こういう時は、あまり繁盛してない、というか適当な繁盛ぶりの新宿カイロの在り様が役に立ってくれる。

2003.9.24
おはよう。
健康グッズについて、もう少し。
新宿カイロでは商品をほとんど扱っていない。たいした理由は無い。
商品管理が面倒くさい、と言うのが一番の理由なのかも知れないが、商品を勧めるにあたって、照れ臭さと後ろめたさを感じてしまうのも大きな理由だ。徳さんには商人の資質が欠けているようだ。
健康グッズは利益幅が大きい。30%、40%なんてのはざらだから、売りつけるのが申し訳なく思ってしまう。(とは言いつつも、施療費というものは利益率100%なのであしからず)
新宿カイロで唯一扱った商品は、バックサポートというものだ。価格も手ごろだ。
猫背になりがちな人が椅子に座る時の背当ての役割をするものだ。徳さん家でも食堂の椅子と車に利用している。
カイロプラクティックは自力更生を最終目的にしているので、本当ならばこれとて不要の代物なのだが、人と言うのは地味な努力と言うものが大の苦手である。毎日の努力の代わりに簡単な健康グッズは許されるだろうと、この商品だけは扱いを続けていた。
ところが、最近この商品を扱っていた会社が倒産したらしい。不況のせいかも知れないが、パテントが切れたかして類似商品が出回って来たこともあると思う。ともかく、これで新宿カイロで扱う商品は皆無になった。これからは健康グッズの悪口を遠慮なく言わせて貰うぞ。

2003.9.20
おはよう。
先日、新聞の広告をみていささか気になった事がある。
1面を使って12種類,12社の健康グッズの宣伝をしてた。
マッサージ器、室内用の運動機械なんてのは当たり前で、空気圧で首輪状のビニールを膨らまして首を牽引するものまであった。
以前、肩こり解消と称して、同様に空気圧で指圧する上着で、誤作動か誤操作により死者が出た事があった。ちょっと、空恐ろしい感じがある。これらを使用するのは大多数が老人である。当然、使用上の諸注意が添えられているはずだが、今年80歳になる徳さんのかあさんを見てても、まともに操作してくれる事は期待できない。
これらは理屈上は正しい。厳密にいうと、一つの視点から考えたらなかなかな代物である。むしろ、アイディアとその開発努力は賞賛に値する。でも、だがしかしというところこそ大事な事だってある。
高齢化社会を迎えて、宣伝の歯止めとか、工夫があってしかるべきだ。

2003.9.17
おはよう。
このところ気象庁長官がしょげている。
もちろん徳さんは知り合いでも何でもないので、これは運輸省のお役人さんである患者さんから聞いた話。
なんで運輸省が気象庁と関係あるの、といぶかっていると、原子力発電所の停止騒ぎで首都圏の電力不足が危惧され、場合によっては交通機関の麻痺を想定しなければ成らないからなのだ。
気象庁はこの夏、猛暑を予測した。節電を呼びかけ、官公庁、大企業では節電の予行演習をしたほどだ。
この夏の気候は皆さんが肌で実感した通り、気象庁を裏切った。
しかし、徳さんの心配は、この間、夏の電力不足を理由に、まあ脅されたと言ってもいい雰囲気の中で、いくつかの自治体が原子力発電再開の合意をした事だ。安全性の保証 は電力会社の決意表明にしかない。技術的な事に対する自慢話は聞き飽きている。問題はそれを扱う人間なのだが、それに対する保証は信じる事しかないのが現状だ。教育はどうしているのか。教育者の責任はどうなっているのか。責任のあいまいな取り方、トカゲの尻尾きり的な責任の押し付けでは国民はさんざん煮え湯を飲まされている。
なにしろ、放射性物質を扱うのにバケツが利用されたのだ。その象徴的な意味を考えて見ようではないか。
ともかく、気象庁長官がしょげている。
あたり前だ。
ここ数年、気象庁の長期予測が当たったためしが無い。当たらないどころか、反対の気象展開をする事が多い。
猛暑といえば冷夏。厳冬といえば暖冬なんてのはざらだ。
気候に関係する仕事は思いの外多い。農業、漁業、家電産業、サービス業などなど。
気象庁が国勢に深く関わっている由縁である。
せめて、気象情報の画面の一画に、村の古老の天気予測を放映してもらいたいものだ。

2003.9.13
おはよう。
徳さん自身は男女の修羅場を創り出すほどの才覚は無いのだが、友人の修羅場に巻き込まれる事は何度かあった。
その一つ。数年前、Tさんから夜中に電話があった。
怪我をしたのですぐに来てくれという。住所を聞いて駆けつけると、アパートの玄関口に彼女が立っている。片方の耳の辺りに血がべっとりとついている。彼氏に何かで殴られ、側頭部に怪我をしたのだ。彼氏は帰ってしまっている。かなりひどい怪我なので急いで救急病院にTさんを連れて行った。
他に救急患者がいないようですぐに診察してもらえたが、いつまで待っていてもTさんは診察室から出てこない。
深夜、他に誰も居ない常夜灯だけの薄暗い待合室で、徳さんはひたすら待ち続けた。だんだん時間の経過が分らなくなってくる。
怪我の場所が脳の近くなので、よからぬ事も考えてしまう。傷を消毒し、縫うだけでは考えられぬ時間なのだ。それが1時間経ってか2,3時間経ってかもはや分らなくなってしまい、徳さんの不安が最高潮に達した頃、Tさんが診察室から出て来た。
なぜか晴れやかな表情である。
聞けば、担当の医者がたまたま形成外科の専門医で、まだうら若き女性であること、傷が顔面に及ぶこと、の理由で、殊のほか丁寧に縫ってもらったとの事。
数ヵ月後、Tさんにその傷跡を見せてもらったが、これが見事と云う外ない上々の出来なのだ。目を凝らしてやっと傷の存在を確認できる代物なのだ。黙っていれば誰も気付きはしない。
これが形成外科の力なのだ。
前々回、述べたように、一般の大手術にも適用して貰いたいという徳さんの要求の背景には、この時の形成外科の技術に対する驚きと信頼があるからである。
この事件から数年経って、Tさんに彼氏とは上手くいってるのか聞いたところ、当時やるべき喧嘩は徹底してやったので今は喧嘩もせず仲良くやっているとのたまわれた。げに分らぬものは男女の仲なり。

2003.9.10
おはよう。
徳さんの精神の秘密 その④ *せこい*
徳さんはおおらかに育ったはずなのに、何故かせこい。
‘せこい’を辞書で引いてみると、しみったれている、いじましい、とある。
遺伝子のせいかとも思ったが、家族は浪費傾向になびきがちで、日頃から徳さんを警戒心の固まりにさせてくれるから、突然変異か人生の何処かで後天的に学んだものだろう。
高校時代にはもう充分せこくなっていて、勉強で使う鉛筆が短くなっても捨てられず、2本の鉛筆をセメダインで接着させ、鉛筆削り器で最後まで削った。そして長さ2センチほどの三角錐になった残骸を、袱紗を入れてあった桐の箱にきれいに並べ接着して喜んでいた。気違いめいてるし、充分なおたくだった。
浪人生の頃は、汗でだいぶ黄ばんでしまい、よれよれになった下着(上の方です。いくらなんでも)が捨てられず、ダイロンの染め粉を買ってきて鍋でグツグツ染色し、今でいうTシャツとして着ていた。当然家族は嫌がったが、それが当時の徳さんのポリシーだった。なんとも情けないポリシーだったが。
こんな事を思い出したのは、最近せこい犯罪が目立つからだ。
一昨日の夕刊に、米の小売業者がアメリカ産の輸入古米を混ぜて会津産コシヒカリ100%として販売したとして逮捕された記事が載っていた。混ぜる事もせこいが、炊いたご飯の味がまずくて発覚したところがせこい。長くばれなかったもので(3年間でおよそ850トンのいんちき米を売りさばいたんだそうな)、せこさが段々エスカレートしていったに違いない。おまけに逮捕された社長は部下が無断でやった事だと、どこかの政治家のような事を言っている。これもせこい。
己のせこさは己だけで引き受けろ。

2003.9.6
おはよう。
9月3日の雷雨はすごかった。
短時間ではあったが、施療院のある新宿は一瞬にわかにかき曇り、という使い古しの形容がぴったりの状態になり、窓から見える光景は世紀末を思わせる迫力があった。ピカッとくる光にビル群が浮かび上がり、間を置かず雷鳴がとどろく。何本も何本もの稲妻が地上に落ちた。
徳さんの自宅は新宿から20kmほど離れた国分寺市にあるが、こちらは雷鳴が多少聞こえたわね、という程度であったそうな。最近の都市型集中豪雨の典型である。いかに都心部の日中の気温が人工的に上がっているか、という事である。その日都心は沸騰したとも言える。
この雷雨に怯えたのは人間だけではない。
患者のIさんの愛犬、健之助は日頃から内弁慶で、Iさん一家でわがまま放題の振る舞いをしているのだそうだが、この日の雷雨にはすっかり参ったご様子だったそうである。耳が良いせいで人間がまだ感知しない段階から雷に怯え、台所のシンクの下に、潜り込める空間など無いのに逃げ込み、ガタガタと体を震わせ、懇願するような目をIさんたちに投げかけたのだそうだ。
人間から見れば、健之助の怯えぶりは滑稽だし、徳さんもその場に居れば大笑いしたに違いないが、動物としての行動としては野生の本能を保っている健之助が正しい。
徳さんの最近の習性は、様々な出来事がアフガン、イラク攻撃にオーバーラップしてしまう事である。徳さんのアフガン、イラク後遺症とでも呼べばよいか。
この雷雨下の健之助と、空爆下の人々の怯える姿は生き物として同じだ。
同じでないのは、空爆によって、命が失われ、手足がもがれ、肉片が飛び散ったという地獄図がつい最近在ったという事だ。

2003.9.3
おはよう。
「先生だから見せちゃう。」
このところ立て続けに二人の70代のうら若き乙女の胸を見せてもらった。あまり嬉しくはない。
お二人とも心臓の大手術の跡を見せてくれたのだ。
幸い、手術そのものは成功し(とはいっても一人の方は術後ご本人がまだ麻酔で昏睡中に親族が呼ばれ、手術そのものは成功したが明日続けて手術をする必要がある旨説明を受け、親族が同意書にサインしたので、ご本人は知らぬ間に2度の大手術を2日間にわたって受けられた。手術料は2倍請求されたとの事。なんか叩けば埃の出そうな話ではある)、今は元気にされているが、どうも傷あとが気になるご様子なのだ。
15センチ位の縦方向の切開と、その下にカテーテルを指しこむ二つの穴の跡なのだが、それの一部がケロイド状態になってしまい、痛むのだそうだ。
他の40代の男性にも同様の手術をした方がいて、この方の場合は痛みはしないもののケロイドがひどく、なんとなく温泉や泳ぎに行く気になれないとこぼしておられた。
心臓外科は最先端で顕微鏡を使っての手術と聞いている。手術を担当する医者にとってみれば、中の臓器が問題であって、最後の縫合は付け足しのようなものかもしれないが、術後何十年も生活しなければならない患者にとっては縫合の良し悪し、縫合の予後は結構大問題である。
臓器としての心臓の大手術が完了したら、形成外科にバトンタッチするような気遣いがあってしかるべきだ。

2003.8.30
おはよう。
前々回、米軍による指切り行為の話をした。
ホームページ上で何とも殺伐とした話題で申し訳ないが、気にかかる事なのでご勘弁を。
気にかかる事の一つは、これはアフガニスタンでの話だが、指切りの実行は米軍ではなく、北部同盟が米軍に委託されて行ったこと。指一本いくらで請け負わせたか、何らかの利権を餌に請け負わせたかは知る由も無いが、自らは残虐さのリアリティーから逃れ、アルカイーダの残虐さのみ声高にわめくと言うのは何という傲慢さ、卑劣さなのだろう。これが逆の設定なら西欧世界は半狂乱、疑いなしだ。
戦争でさえないアフガン攻撃で犠牲になった人々は二度陵辱された事になる。
イラクでは誰が指を切り落としたのだろう。
卑怯、卑劣は人間の行為として徳さんにも備わっているが、正義の装いが我慢ならない。
もう一つは、最先端技術の尻拭いがウルトラ原始的行為によってなされている事である。
DNA解読というハイテクが、ハイテクで一貫できず、何千本の指切りという人類史上にもまれな野蛮行為によって成り立っているのだ。まあ、解読目的自体が野蛮ではあるが。
三つ目もある。世界のマスコミがこの事に関してはあまり反応してないことだ。
マスコミについてはまたの機会に。

2003.8.27
おはよう。
週刊文春の8月28日号に面白い写真集の紹介があった。
『水からの伝言』という写真集だ。
水に音楽や様々な音を聞かせたのち凍らせて、その氷の結晶を顕微鏡撮影したものだ。
紹介記事からはどの程度厳密に科学的に撮影されたのかは知る由も無いが、思いがけない世界への招待となっていて面白い。
馴染みのある雪の結晶の変型と思えばよいのだが、エルヴィス・プレスリーのハートブレイクホテルと韓国民謡のアリランが何処か似てたり、きれいな湧き水の結晶とゴスペルソングとベートーベンの「運命」が良く似た結晶なのも面白い。
滑稽なのは小唄の「鶴亀」で、律儀に亀の甲羅風に6角形を形作っている。余程几帳面な唄い方をしたらしい。
興味深いのはまだある。東京の水道水とばかやろうと罵られた水はまともな結晶を結べないのだ。

2003.8.23
おはよう。
先日テレビをボーっと見てたら『大英博物館の至宝展』の案内をやっていた。東京では東京都美術館でやるそうだから興味のある人は行けばよいが・・・。
その案内でいくつかの代表的な展示物が画像として映し出された。
エジプトのピラミッドから発掘された黄金像、インドはアッシリアの王のレリーフなどなど。
最近とみにひねくれ度を増している徳さんは、それら至玉の美術品や発掘物に納得のいかぬ感情を持ってしまった。
どこが大英なの?英国産が無いじゃないの。
それら全ては盗品であったり、略奪した物ではないのか?
よしんば高額で買い付けたものであったとしても、圧倒的な貧富の差の元に買い叩きをした構造のものだ。
以前、ギリシャ政府がイギリスに対して、ギリシャ時代の美術品の返還を要求したが、イギリス政府はそれを拒否したとの報道に接した記憶がある。めちゃくちゃな話である。しかし、今のところたいした国際問題になっていない。
徳さんはおごれる者の厚顔無恥ほど嫌いなものはない。
徳さんもスイカ泥棒ぐらいならしたことはある。もちろん今は反省してるし、その件に対しては大きな面をしていない。
そこで次のような妄想を抱いてしまった。
大米帝国博物館もそのでんで造るとよい。
富める国がその財力にまかせて美術品を集めても能が無い。
密かに集めたものを出品、展示すればよい。
聞くところによればアメリカはこの度のアフガニスタン、イラク攻撃で、ビンラディン、フセインの生死を確認するためアフガニスタンおよびイラク側の遺体の親指を切り取り、本国へ持ち帰りDNA鑑定をしたそうだ。何千本、何万本かは知らぬが、それらの切り取った指を展示するのだ。

2003.8.20
おはよう。
久し振りのしりきれとんぼだ。
この夏、比較的長い夏季休暇を取らせてもらった。
何をして過ごしていたかというと、これが呆れるくらい何もしなっかた。
情けないと自分でも思うが、これが徳さんの実像なのだ、と己に言い聞かせる他ない。
しかし、徳さんは多少の立ち直りのテクニックは身につけている。
今年の夏の気象は人からやる気を奪うものだった。夏への心準備はことごとく裏切られてしまった。
徳さんの原始的脳と自律神経がストライキめいたものに突入するのはあたり前、徳さんの身を守るため体が反応してくれたのだ。との思い込みによって徳さんは一気に甦った。(読める人は読める。よみがえったと。パソコンは徳さんの漢字能力をあざ笑っているのかも知れない。)
そんなぐうたら夏休み中に、唯一したと言えるのは『復刻版 あしたのジョー』全20巻を読破したことだ。漫画を読破と自慢してもしょうがないが、漫画でなければ20巻の読破なんて出来そうもない。知り合いの漫画図書室から借りてきて、この栄誉を得た。
30年振りに読み返して、忘れている部分の多さに呆れ果てもしたが、「あした」という言葉の、奮い立つ語感を再認識させて貰った。

2003.8.9
おはよう。
8月9日長崎原爆の日だ。しかし、たいした報道も見られない。
さて、8月6日の原爆の日、平和公園での式典で、秋葉広島市長が新非核三原則を世界中に提案した。
従来の非核三原則は「核を持たず、作らず、持ち込ませず」であり、提案されてる新非核三原則は「核を作らせず、持たせず、使わせず」だ。
従来の非核三原則が「持ち込ませず」の点において、とおの昔に破られているのは周知の事実である。ここにも嘘つき、ほっかぶり政治家が見えてくる。
このところ、被爆国日本という特殊性の上に唯一成り立っていた、人類の希望、願いとしての平和憲法、非核三原則が揺らいでいる。
こんな現況の中で、広島市長の発言は、絵に描いた餅に見えるかもしれない。
しかし、広島、長崎市民の核アレルギーは政治を超えている事を理解すべきだ。
国家などはるか昔に超えてしまった人類的課題に向けて、広島、長崎市民の核アレルギーをこそ世界に普遍化しなければならない。
核の有効利用を訴える人は多くいて、実際に原子力発電の恩恵に我々も浴している。
しかし、考えてみれば、核廃棄物は無害化されないまま、海中や地中にコンクリート詰めにされて、原始的方法で廃棄、放置され、未来の技術を待っている状態なのだ。
これでは未来の人類に災いを撒き散らしているだけで、有効利用の名に値しない。
現在の時点で核廃棄物の有効利用に成功しているのは劣化ウラン弾だけというのは情けない話だ。

2003.8.6
おはよう。
広島に長く住んでいた関係か、毎年8月6日をなんとなく緊張して迎えている自分がいる。
中学1年の夏に東京から広島に移って来た。
広島弁にも驚かされたが、原爆に関する話が日常の中にこれでもかこれでもかと登場して来るのには圧倒された。40年前だから、当時の大人たちはみなピカドンを体験しているのだから当然の話だ。
中学校の校歌からして、今までの校歌とは違った。
確か1番の出だしは、哮ゆる世紀の大試練 超えて雄雄しく立ちあがる というものだった。
能天気な中学1年坊主だった徳さんも、この校歌を歌う時だけは、なにか使命感のような気持ちに駆り立てられ一生懸命歌ったものだった。
1年上の先輩には胎児性の被爆者もいた。
毎日の朝礼で見かけるのだから、徳さんたちは毎日ピカドンを意識せざるを得ない。
数学のK先生はいかにも堅物なオジン先生で、その堅苦しい授業に皆うんざりしていたが、時折してくれるピカドン体験談だけはクラス中がシーンとなった。
二十歳を過ぎて、いっちょ前に屋台で一杯引っ掛けるようになると、屋台のおばさんからもピカドンの話をよく聞かされた。
このような雰囲気の中で、広島市民は8月6日を迎えるのだが、長崎を除く他の日本国民の印象とは違って広島市民の多くは8.6の式典をほとんど無視している。
前日に慰霊を済ませたり、平和公園の片隅にある小さな慰霊碑をお参りしたりする。
セレモニーとしての慰霊を嫌がり、政治に利用される式典を拒否しているのだ。
徳さんも高校生だった時にいやな式典に出くわしている。
当時、総理大臣が式典に来る事はなく、厚生大臣が代理出席していたが、その厚生大臣は総理の慰霊の言葉を代読し終えた最後に、総理大臣池田勇人代理厚生大臣中山まさと、自分の名をはり上げたのだ。
その頃から徳さんの政治家嫌いが始まった。

2003.8.2
おはよう。
今日ようやく関東地方の梅雨が明けた。
8月に入ってからの梅雨明けは徳さんも経験が無い。
徳さんちのささやかな庭に植えたとうもろこしも実を付けなかった。長雨による日照不足でおしべが活発に活動出来なかったようなのだ。
この長梅雨を気象庁は予測できなかった。
思い起せばここ数年、気象庁の長期予想が当たったためしが無い。
冷夏と予測された夏は猛暑だったし、厳冬と言われた冬は暖冬だった、というのが数限り無くあった。
このところ世界中が異常気象に見舞われている。
ヨーロッパでは昨年の洪水騒ぎから、今年は一変して大干ばつだ。
予測が難しいことはわかる。
気象庁公務員がやるべき事は、だんまりを決め込むのではなく、何故自分達の予測が外れたかを国民に明らかにすることである。
それが地球規模の温暖化現象に原因があり、温暖化が二酸化炭素の過剰な排出によるものだとしたら、その事を告発しなければならない。二酸化炭素排泄の張本人が気象庁公務員の大好きな雇い主である日本国家だったり、日本と仲良し同盟を結んでいる国家だったとしても。
憲法というものをまともに読んだことが無いので大きな事は言えないが、たしか公務員は国民の下僕である、という1項があったように思う。(中高時代の倫理社会の退屈な授業で出くわしたきりだ。近いうちにちゃんと憲法を読み直すことにしよう。最近の小泉政権は憲法の精神を踏みにじる事ばかり仕出かしている気がするのでひっかかっていた処なのでちょうど良い。)
下僕なら(徳さんは上下関係は好きではないが、国民の下僕という象徴的な使い方ならいいだろう。)失敗をしでかして国民に不利益を与えた時に責任を取らねばならぬ。
民間の企業だったら背任罪が適用されるような失態に対しても、公務員にはおとがめなしである。
自浄能力の無い大人達の世界が、若者に倫理を問う資格は無い。

2003.7.30
おはよう。
前々回に書いたように、徳さんは小学校を6回替わった。
当時は何でも無かったのだが、赤いちゃんちゃんこを目の前にして想うのは、これはかなり厳しい環境だった、という事だ。
サーカスの子としてなら、それなりに様に成っているし,受け入れやすい気もする。サーカスの子はまた違った感想を持っているのだろうが、無いものねだりは人の常である。
先日、患者さんのYさんが40年振りの同窓会の話をしてくれた。小学校の同窓会だそうである。
まず、相手が40年前の誰だったかの確認、思い出し作業に大騒ぎ。だんだんほどけて来る記憶にまた大騒ぎ。50を過ぎたジジババ小学生に戻ってキャッキャッ騒いでる。何ともほほえましく、うらやましい光景である。
利害関係が無く、現在も関係ない楽しい時間をYさんは過ごされたわけである。
これが高校、大学の同窓会となるとこうはいかない。
(公立の)小学、中学校は地域のすべてをカバーする階層の生徒達が集まって来る闇鍋みたいなもので、いろいろな個性がグツグツと煮立っている。大人になってからではなかなか味わえない集団なのだ。
小学校を6回も転校した徳さんにはかなえられない夢物語である。

2003.7.26
おはよう。
フセインの2人の息子、ウダイとクサイがイラク北部で銃撃戦の末に射殺された。
このところ駐留米軍に対する反米イラク人勢力によるゲリラ的襲撃に人的損害を蒙っていたブッシュ政権は、大量破壊兵器の情報操作もあって、支持率を急激に落としていたので、この報に接するやいなや狂喜した。ブッシュ政権の評価を別にして、このはしゃぎぶりは彼等にとってはやむを得ないと思う。
しかし、これを報道するマスメディアの姿勢には、淡々とした無機質なものを感じた。
政治にとっては人の命、人権なんて物は目じゃない、を地でいってたフセイン政権の中枢を担う人間が、中でもウダイはその代表者にされているが、殺されるのはスケジュールの1ページに過ぎないといった感じである。逮捕出来なかったことを非難する論調は無かった。
平気で人を殺す人間を殺人狂と呼んだり、快楽殺人者という。
市民生活レベルでは彼らをそのように呼び、指弾する国家が、戦争という自らが自己認定したお墨付きを得るや否や、殺人を誇るようになる。
フセインもウダイもクサイもブッシュもブレアも小泉も同じ穴のムジナだ、という論調が在っても良い。
徳さんは軟弱者である。そして、おのれの軟弱振りを良しとしている。
ひげを生やしたいかめしい男の人を前にすれば、ひげを鎧にしなければ成らぬ事情があるのだなと思い、格闘技を身に付けんと必死になってる若者を見れば、彼をそうさせるコンプレックスに想いを馳せてしまう。強けりゃ良いってもんじゃない。
弱小国家が弱小なままで、不遜な振る舞いをしがちな強大国家に対等に伍する道を探るのが、真の意味でのグローバル化なのではないだろうか。

2003.7.23
おはよう。
徳さんの精神の秘密 その③
*その場しのぎ*
徳さんにはひとに誇れる記録というものは無いが、小学校の転校6回、担任の先生12人、そして12人の先生すべてが女性、というのはちょっとした記録だと思う。
転校はオヤジが役人だった関係で、東京、地方都市間の往復を繰り返していたから理解できるが、担任の先生が12人というのは出来すぎの感がする。学年の変わり目にぶつかったり、先生の病気で担任が代わったりしているうちに12人になってしまった。
当時は自分にとってあたり前のことで気にもしてなかった。
新しい学校生活に入っても、期限付きなのは分っているので、親しい友人が出来ても遠からぬ別れを前提にしたものだった。出会いと別れに妙に淡白なこまっしゃくれた小僧になってしまった。
こんな学校生活が、現在の徳さんの精神の有り様を決定づけてしまったようだ。
小学生高学年ともなれば、新しい異物を前にして、小さな共同体に受け入れるかどうかの儀式として、番長風の男の子に率いられた集団が学校の裏隅に徳さん(当時はかわいい徳ちゃん)を呼び出し、それは多くの場合体育館の裏だったが、自分達の共同体に受け入れられるかどうかを判定する。
東京弁を使ってて生意気だとか、髪型が坊や風でけしからんとか、いちゃもんを付けて相手の様子をうかがって来る。
こまっしゃくれ小僧の徳ちゃんは、相手が興味津々なのを利用し、自分の情報を適度に流し、相手にとっての異物感を薄めようとする。相手の共同体にはただちに入る約束はしないが、決して敵対者ではない事を暗に匂わす。
まあ、その場しのぎである。
暴力沙汰になったのは一度だけ。
この時もその場しのぎのテクニックを使った。
番長クラスとやり合う事の不当性を主張し、徳ちゃんより少し強そうな一人を選んで1対1の殴り合いを求めた。
当然負けるのだが、ダメージは少ない。
でも、こんなやり取りでも番長たちは納得し、以来徳ちゃんは、わりと平和に彼らと過ごした記憶がある。
こんなに弱い徳さんでも、これらの動物世界としてのイニシエーション(通過儀礼と訳すのだそうだ)をなんとかクリアして来た。
避けて通れぬイニシエーションなら逃げて回避するより、自分の力量範囲で真正面からぶつかるのが良い。
学校でもそんな種類の力を磨く授業が在っても良いと思う。いじめの様相が変わるかも知れない。

2003.7.19
おはよう。
徳さんは若い頃から現在に至る永い不摂生のため、成人病のありがたき勲章を頂いている。
だから、患者さんにも過酷な摂生を要求出来ない、気弱な先生に成ってしまっている。
妙に寛大で、怠け者の患者さんにはかえってマイナス面に作用している場合も多かろうと思っている。
お許しあれ。
さて、自分ではさほど肥っているつもりはないのだが、かかりつけの医者はあと4kgほど痩せるようにすすめる。身長から計算すると理想体重は58キロなそうである。
この20年間、62,3キロを安定して保っていたので現在の体重に違和感を持っていなかった徳さんは、「私の仕事は肉体労働なので4キロ落とすと体力が続かぬ気がする。60キロを目指す事で勘弁して欲しい。」と泣きを入れた。
優しい年配の先生は、哀れむような表情を一瞬した後「まあ、頑張ってください。」と、のたまわれた。
考えてみれば現在の我々が飽食なのは確かだ。
この世の生き物の多くは、ブロイラーを代表とする家畜、動物園の動物、ペットなどを除けば、大部分の時間を飢えて過ごす。
ヒトも含めてあらゆる生き物の生理作用を司る遺伝子は、適当な飢餓状態で摂食する時はじめて正常に機能するようにインプットされているに違いない。
今ことさら、飢餓状態を求める気にはならないが、子供の頃、飢えた状態で食べたバナナやりんご、また缶詰のみかん,パイナップルの味が、今のそれとは違って至福感を感じさせるものだった事を思い起こしても、現在の飽食に落とし穴が仕掛けられてると思えてならない。

2003.7.16
おはよう。
昔々、小学校低学年の頃、グリコのおまけを集めた記憶がある。
キャラメルの一粒一粒が人生の大事件に君臨してる時代の話である。
グリコのケースの上に5cm幅の箱が乗っかっており、電車など乗り物の類が多かったと思うが、当時としては色々と知恵を絞った、子供心をくすぐるに充分な代物だった。
キャラメルが欲しいのか、おまけが欲しいのか、買ってもらう本人も分らぬほど、その頃の徳さんには大事な物だった。
これは、おまけがあるという事をあらかじめ知っている話。
今日の話は、施療士である徳さんも考え及ばなかった、おまけの話である。
坐骨神経痛を訴えて施療に来ているSさんが何回目かの施療中に思い出すように、「先生、なんか臭いが戻って来た感じがするんですよ。今日もくる途中、そば屋の前を歩いていたらダシの匂いがプーンと分って嬉しくなってしまいました。」とおっしゃる。
徳さんは、はじめ何の事やら分らなかった。
Sさんが嗅覚異状だなんて聞いて無かったし、思いも寄らなかった。
Sさんにしてもカイロプラクティックが嗅覚の異状に何らかの効果があるなんて頭の片隅にさえ置いた事は無かっただろう。
聞けばSさんは、何十年間匂いが分らなかったそうである。Sさん自身はその事に気付きもせず、ある日、部屋で煙草を吸っている時知人が訪ねて来て、「おい、ガス臭いぞ。」と部屋に入って来るなり怒鳴られた事があって、初めて自分の嗅覚異状を知らされたとの事だ。ガス栓が開になっていたのだ。おまけに、その時煙草を吸っていたのはガスコンロのすぐそばだったそうである。何事も起こらなかったのが幸いだった。
Sさんの嗅覚は何故回復しつつあるのか。
考えられる事は、頚椎の矯正によって、臭神経のある脳底部に血液を送る椎骨動脈の血行が改善した事だ。
Sさんにとっても、徳さんにとっても、うれしいおまけである。
カイロプラクティック施療に従事してて時々つぶやくのは、先輩諸氏に対する恨み言である。
カイロプラクティックといえば腰痛。
このイメージを先輩達は、過去、涙ぐましいばかりの徹底した努力によって、患者さん並びにその予備軍に擦り込んでしまった。
一発儲けようかとか、認知を急いでいたのだと思う。
地味なカイロプラクティックの効用というものが置き忘れ勝ちになっているのが現状である。

2003.7.12
おはよう。
徳さんの精神の秘密。その②
*逃亡癖*
まあ、いわゆる根性なし、である。
今まで場面場面で逃亡暦は数々あるが、今思い返しても我ながら情けない行状が大学時代にある。
ある倉庫会社にY君と二人してアルバイトをした時の事だ。
午前中3時間働いたあと、外に昼飯を食べに出た際、二人共謀してとんずらしてしまった。
仕事の内容が悪かった。
大きな倉庫の片側に何千個の梱包済みの冷蔵庫が積まれている。与えられた仕事は、その一つ一つの梱包をほどき、冷蔵庫を取り出し、取っ手の一部の錆付いている部分を紙ヤスリでこすり落とし、また元のように梱包し直し、倉庫の反対側に積んでいくというものだった。
昔、どこかの敗戦国の王に与えられた刑罰に、大きな穴を掘らされて、またその穴を埋める事を繰り返させられるという物語があったが、それに似た話である。
Y君と徳さんは、与えられた仕事の余りの無意味性にうんざりしてしまった訳だ。
逃亡劇の事情を聞いた友人達が二人を激しく非難した事は言うまでも無い。
尻尾を巻いて逃げ出した事も情け無がれたが、何より3時間の労働に対する賃金を放棄した事が非難の的だった。
50代を半ばを過ぎてわが人生、この時の仕事のような事の繰り返しばかりだった気がしないでもない。
さらに一言。50代を半ばを過ぎて言えることは、どうせがんじがらめに縛られるこの浮世。逃げ出せる時は逃げるが良い。

2003.7.9
おはよう。
「毎日のように殺人事件があって、どうなってんでしょうね、この日本は。」
というような会話を一度ならずした。
報道を見聞きする我々も麻痺してしまってるのか、特殊な犯罪を待ち望んでいるかのようにさえ想う。
最近、徳さんは自分を責める訳ではないが、これらの犯罪は我々と犯罪者の合作ではないかとの想いにかられる。特に少年犯罪と呼ばれるものに対しては。
先日も沖縄で中学生がいじめの果てに遊び仲間になぶり殺された。
学校側の第一声はいじめは無かった。だった。これが残念ながら我々の第一声なのだ。
いじめの無い学校生活、社会生活などありえない、という所から出発していないのだ。
建前と保身と不誠実から逃れられないのだ。
殺された中学生の自尊心はなかなか学校側に訴えないだろうし、いやでも自分が所属していた遊び仲間を売ろうとはしなかっただろう。また仲間に拮抗できるすべを知らなかっただろう。
殺した側の少年たちは自分たちの小さな共同体の機能(この場合は殺された中学生をいじめ抜くという行為)をストップさせる必要を感じなかっただろう。自分たちの暴力の意味を知らないままに。
少年たちに己を客観視する能力を身につけさせないまま放置して来た結果である。
少年たちの小さな共同体がどういった共同体に移行すべきか、なぜ解体しなければならないかを明示できなかった結果である。

2003.7.5
おはよう。
ここ10年ぐらいだろうか。図書館をわりとよく利用するようになった。
以前は敬遠してた。
閲覧室の大部分を占有している受験生の存在が徳さんから落ち着きを奪う。
徳さんの読む本は生きるよすがに何の役に立ちそうも無いものばかりである。
自らの有用を目指して頑張っている若者たちの中で、無用を貯め込もうとする徳さんは、ものの数分で居たたまれなくなり図書館をあとにすることになる。
そんな事情が変わった訳ではないが、本が高くなったこと、古本屋がまともに買い上げてくれなくなったこと、リクエストすれば特殊な分野でない限り購入して貰えることなどを考えて、図書館を利用するようになった。
もちろん閲覧室には立ち寄らない。借りるに徹してのご利用である。
その図書館にリサイクルのコーナーがある。
数年間、だれにも読まれなかった本を希望者に無料でお渡ししますとの趣旨だ。
ありがたい話と受け止められなくも無いが、中には、え!この本がリサイクルに出されちゃうの!とあきれるやら、情けなくなるやら、悲しくなるやらのご本に出くわすことがある。
古本屋で大好きな本が百円の値を付けられて店頭に置かれているのに出くわしたのと同じ気分である。
活字の世界にも大きな地殻変動が起きているようだ。

2003.7.2
おはよう。
徳さんの肉体の秘密ならぬ精神の秘密。その①
とうとう肉体ばかりか精神までも売るように成ってしまった。
*面倒くさがりや*
2チャンネルという掲示板がある。
「くだらないものも多いけど、中には結構面白い書き込みもあって、退屈しのぎにはいいですよ。」
と、患者さんの一人に勧められて覗いてみたことがあるが、その膨大なジャンルの区分けと記事の余りの多さに唖然として、あっさりと撤退してしまった。
ゴミの山の中から、きっとあるに違いない数少ない宝石を探し出すという根気と熱意を端から放棄しているのだ。
お勧めのベストテンでも用意してもらわねば、決して手を出す気にならない。
好奇心はあるのだが、、、、、。
どなたか奇特な方、お勧め2チャンネルを掲示板でお示し下さい。

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