しりきれとんぼ2003年前半

2003.6.28
おはよう。
刺青の事を考えているうちに、45年ぐらい前の縁日を思い出してしまった。
最近、立て続けに、龍が描き込まれた絵柄のTシャツを着た若い患者さんを施療した。
そもそも、刺青の事なんかを考え出したきっかけが、龍のTシャツだった。(これもTATOOのイミテーションと考えられない事もない。)
患者さんの背中を押しながら、揺れる龍の絵を見ているうちに、幼い頃縁日で見た龍の一筆描きのおじさんを思い出していた。
正月の書初めに使う半紙大の紙に、おじさんは太目の筆を小刻みに動かしながら、上から下に向けて龍をくねらせながら描きあげていく。最後に画龍点睛、小指の先に赤い顔料をつけて龍の目を付ける。子供心に感心したのは、おじさんは筆を紙に押し付けて小刻みに動かしているだけなのに、龍の鱗が見事に誕生する事だ。一枚一枚の鱗も均等だ。さらに不思議なのは、くねる龍を描くため、一度描いた上から筆を重ねるのだが、先に描いた龍の鱗は消え、新しい鱗が出現することだ。
幼い徳さんは不思議でならず、おじさんの追っかけを何度かした記憶がある。
家に帰ってから、自分でも挑戦してみたが、ただ黒い墨の線が書かれるだけだった。
徳さんはこのように、神聖な施療中にも、夢うつつ状態に陥っている事がままある。
患者の皆様、ゆめゆめご安心召されるな。
外科医がカラクリモンモンの背中をメスで切り開きながら、遠い日の縁日に想いを馳せてるようなもので、申し開きなど出来ないスジの話ではある。

2003.6.25
おはよう。
前回、最近の若者ルックについてちょいと述べた。
その良し悪しには口をはさまぬとしても、かなりきわどい線をいってるので、着こなすセンスが問われているはずなのに...という話をした。その続編めいた処から。
最近、密かに刺青が流行っているようだ。TATOOと呼ぶことで裏社会の呪縛から逃れられるらしく、ごく普通のお嬢さん、お坊ちゃんが刺青をしているのをちょこちょこ見かける。イミテーションが多いのかも知れない。なにしろ本物の刺青は痛いもんね。
徳さんとしてはイミテーションをお勧めする。模様替えだって頻繁に出来ることだし。
仮想現実とやらを、軽い乗りで楽しめば良いと思ってしまう。
しかし、本物の刺青をする若者にとっては、苦痛に耐える事、一度彫ったら元には戻せない、という刺青のマイナス面こそが価値なのかも知れない。
現在を生きる若者の空虚感に少しばかり想いを馳せた徳さんであった。

2003.6.21
おはよう。
新宿カイロは毎週木曜日と第一,第三火曜日を出張日にしている。
これは、個人宅に行っている訳ではなく、都内数ヶ所の障害者団体の事務所にベットを置かせてもらい、主に障害者、介助者を施療している。
徳さんとしては、現代の若者の生態に触れる数少ない機会である。
施療院では、老若男女が訪れるが、そこでは徳さん、多少は先生面をしているので、患者さんの方も本性は出さない。
先日、ある事務所の机の上にメンズファッションの雑誌が置かれていた。
年寄りの好奇心でパラパラとページをめくっていくと、予想と違うのに驚かされた。
ダンディな男がスーツをビシッと決めてポーズを取っている。そんなのは1ページも無いのだ。
最近よく見かける脱色したジーンズ、穴の開いたズボン、ボロ布を縫い付けたジーンズ。
これらが商品として宣伝されているのだ。
一番びっくりしたのは、ジーンズにセンスの統一感がまったく無い端布(はぎれ)の数々を片っ端から縫い付けたものだ。今すぐ徳さんにでも加工できそうな代物である。(なにしろ、徳さんのおふくろ殿が端布を貯め込んでいて、なかなか捨てさしてくれないのが徳さん家の悩みの一つでもある)お値段がなんと1万4千円。すぐさま商売替えをして縫製のアルバイトをしてもよい気になる。
徳さんは最近のボロボロルックに親近感こそ感ずれ、反感は持たなかった。
散髪したての頭が恥ずかしいのと同じで、ピシッと決めたくないんだな、と思っていたからだ。
皆、自分のセンスで、使い古しの感じを工夫しながら、他と競いながら努力しているものと思ったからだ。
なんだか情けないぞ、若者君。
両手に針と糸と漂白剤と紙ヤスリを持とうぜ。

2003.6.18
おはよう。
先日、カイロプラクティックの先輩の奥さんからさりげなく言われた言葉が徳さんの胸にグサッと刺さった。『徳さん、あと4,5年で還暦の赤いちゃんちゃんこだね。』
一瞬、気を失いそうになった。
思いもよらぬ言葉であった。
しかし、どう考えても、これは正しいお言葉である。
赤いちゃんちゃんこを己の意識に登らせた事は一度たりとも無かった。
年を取るとは、ある日突然にやって来る。
数年前も、電車に乗っていて、吊り革につかまる自分の手と、隣の若い奴の手を比べてしまい、己の老人性皺に愕然としたものだった。
それこそ老人性健忘症とやらで、そんな事も忘れ果て、のほほんと中年オジンの役回りをこなしていたつもりだったが、今回、決定的な再確認を強いられた訳だ。
一気に年を取った徳さんであった。
こうなったら仕方が無い。老人に徹して生きていく他は無い。

2003.6.14
おはよう。
患者さんの頚こり、肩こりの原因を探っていくと、テレビの観賞の仕方が悪い場合が多い。
観賞というと聞こえが良いが、ただずるずると、半ば放心状態で画面の動きを追っている。そんな時は皆ろくな姿勢じゃない。缶ビール片手に片肘ついて横寝してる。ベッドにあお向け、高枕している。せっかく椅子に座っても斜めからテレビを見ている。自堕落さの快感につい身を委ねてしまう。
現在50半ばの徳さんは、テレビが登場したての頃に立ち会っている訳だが、近所の家にテレビを見せてもらいに行き、正座して見たものだった。近所といっても親しい訳でもなく、〇×さんちでテレビを買ったそうだから見せて貰ってきな、という調子で近所の子というだけで受け入れてもらった。
古き良き時代と言ってしまえばそれまでだけど、現代という時代が失ったものを考えさせられる。
まあ、ともかく、すっかりテレビに関してすれっからしに成ってしまった我々は、余程注意してかからぬと、何時の間にか体調を崩してしまう可能性がある。
そこでまた、お馬鹿な徳さんは考えた。頭の中だけは発明狂なのだ。
最近のテレビはすっかり薄型に成っている。10センチあるか無いかである。
この薄型テレビを壁と天井に縦横に張り巡らせたレールの上を走らせるようにする。左右上下お好みのままテレビがセットされる訳である。だらしない姿勢のままなのだけれど、テレビに向かってはいつも真正面という、自堕落組には最高のセットである。
カイロプラクティック施療士としての徳さんは、長年の経験から、己を含めて大多数の患者さんが真面目な事に取り組むに際して、3日坊主の遺伝子を大量に抱え持っている事はお見通しである。
だから、こんなセットの誕生を夢見ている。
こういうのは発明とは云わないか。

2003.6.10
おはよう。
(前回のつづき)
そして、お馬鹿な徳さんはつまらん事を考える。
今、地球島は川鵜が居住地一帯を立ち枯れさせてしまったように、人間によって糞まみれの瀕死の状態にあるのではないか。
人間の糞処理に、水洗式以外に何か画期的な方法はないものか。
NASAの糞処理方法を知りたいものだ。
まさか適当な処理をした上で宇宙空間に放置はしておるまい。
尿は宇宙空間での貴重な水資源として、徹底した再利用が図られているだろうが、糞はどうなのか。
自然の自浄能力、分解能力を超えている量ならば、糞処理を最先端技術で試みるべきだ。
お馬鹿な徳さんの頭で考えた最先端は、糞を排泄と同時に脱水し、小さな固形物としたうえで集積し、燃やしてしまうといったアイディアが限度である。

2003.6.7
おはよう。
(前回のつづき)
ノンちゃんの糞はまだかわいい。一羽の幼鳥がする糞だ。
しかし、これが多数の鳥の糞だったらどうだろう。
先日のある報道によると、上野不忍池の川鵜が追い出され、ある一画に移住したところ、その一画すべての樹木が川鵜の大量の糞のせいで立ち枯れてしまったらしい。
己の営巣の場を、川鵜自身が破壊してしまったのだ。
犬の糞はどうだろう。
心有る飼い主は、家に持ち帰ってトイレに流すか、燃えるゴミとして出しているのだろう。
心無い飼い主にかかると、パリの公園のようになる。
では、人間の糞はどうなのか。
これは様々である。
周囲の自然環境の違い、風俗風習の違い、人の集中度の違い、経済力の違い、文明度(?)の違いによって糞の進路は幾千の道がある。
野糞から宇宙船内の糞処理まで。
現代の日本人にとっては水洗便所が最先端と思われているに違いない。
その水洗である。徳さんが問題にしたいのは。
塊である糞を大量の水で薄めて運び易くし、遠くにある下水処理場まで運び、微生物をからませ、一定の分解が出来たところで濃縮、圧縮して無害化(?)された一般ゴミを産出している。
何たる徒労、何たる迂回路。
理想は分かりきっている。
自然界に落し、微生物を筆頭とした自然の食物連鎖に委ねる事だ。
しかし、人口は過剰で自然の分解能力をだいぶ前に超えてしまった。(さらにつづく)

2003.6.4
おはよう。
尾篭(びろう)な話をする。イラク攻撃攻撃もそうだが、どうも徳さんは自分で自分の営業妨害をしている。まあ、成り行きというのもあるので仕方ない。
最近、徳さん家ではオカメインコの幼鳥を飼い始め大騒ぎである。
仕草がかわいく、家中が各々勝手に意味付けして、その解釈を巡って論争する始末だ。
幼鳥はただキョトンとしてる。
ノンちゃんと名付けた。のほほんとさせてもらいたくて。
そのノンちゃん。いや、食べる事、食べる事。唸り声をあげながら専用スプーンの餌に食らいつく様はすざましい。スプーンごとくわえ上下左右に振り回しながら餌を飛び散らせ、異常な興奮下で食べている。あまりの熱中振りは、見ていていっそ気持ちよい。
当然ながら糞をする。ノンちゃんの糞は徳さん家ではまだ嫌がられてはいない。
かわいい糞なのだ。
ノンちゃんの糞をティッシュでつまみながら、徳さんは糞便の事を考えてみた。(つづく)

2003.5.31
おはよう。
久し振りの「しりきれとんぼ」だ。
トップページにも書いたように、パソコンが重病を患い修理工場に搬送された。
なんでもFLインバーターがいかれたらしい。
係りの人にそう言われても何の事やら分からぬが、画面を明るく照らす蛍光管を管理する回路なそうな。部品代より技術料のほうが高くついた事も報告しておく。
考えてみればノートパソコンは余裕の無い代物だ。
ちいさなモーター、小さな扇風機の開発が製品の質を決定する。
記憶装置は最先端の感じだが、物を回すだの風を送るなどは、普通の大きさであればなんの変哲も無い昔からの技術だが、それを小さくするだけで最先端と結び付く。
過去から現在までの技術者の努力に敬意を払おう。
このように、人は技術向上など具体的な目標に向かってはとんでもない努力をするが、これが制度の改革となると既得権など利害を主張するやからがいて、遅々として進まない。

2003.5.17
おはよう。
前回の話に関連して。
アンマン空港での爆発事故の続報で、大きくは扱われていなかったが、爆発した地雷様の物はクラスター爆弾によってばら撒かれた地雷との報道があった。
クラスター爆弾というのは集束爆弾と訳すそうで、小型爆弾を二百数十個、地雷ならその数倍を撒布させ広範囲に被害を及ぼす事を目的とした爆弾とのこと。
コソボ、アフガニスタンで使用され、現在も当時の不発弾が放置され、戦争が終った状態でも被害が続いている。
クラスター爆弾はアメリカの死の商人達が自慢する最先端のハイテク兵器の一つである。
笑っちゃうではないか。
最先端が不発弾なんて。(日本で不発弾と言えば第二次大戦の時のものである。)
そこには戦争相手国の国民がどうなろうと知ったことじゃないという姿勢がみえるだけだ。
関心があるのは戦後、相手国の政治体制がどうなるかだけなのだ。
あれ、ブッシュはイラク国民のためにイラク攻撃をするのだと、くどいように言っていたよね。
そしてクラスター爆弾は、別の報道によれば、なんと日本の自衛隊がアメリカ政府より購入、保有しているとあった。

2003.5.14
おはよう。
先日、ヨルダンのアンマン空港で爆発事故があり、毎日新聞社の記者が逮捕された。
戦争取材の記念品として持ち帰ろうとした地雷様の物が爆発し、手荷物を検査してた空港職員が死傷した。
もちろん彼はそれが危険な物とは思わず手にしたはずだ。
一様分別のある大人の彼が手にしたくなるような代物である。
イラクの幼い好奇心が似たような物で遊ぶ危険性は高い。
子供達にとって、地雷や不発弾はミッキーマウスやポケットモンスターのロゴマークがはいったおもちゃと同じだ。
米英軍は、そしてイラク攻撃に賛同した国々は早急に不発弾処理に全力を挙げるべきだ。
費用と時間と人件費は天文学的数字になるだろうが、それはしょうがない。
イラク国民を救うためにばら撒いた不発弾なのだから、そのためにイラク国民がこれ以上傷ついていいはずは無い。
どうやら徳さんはブッシュ政権のイラク攻撃でこうむった被害を、そして現在の混乱下で起きる被害を、ブッシュ政権に弁償させるべきだと主張したいようだ。イラクの石油でイラク復興をというのは、余りにも虫がよすぎる話ではないか。

2003.5.10
おはよう。
徳さんの肉体の秘密 その⑥
左足第4趾の腫れ物。
久々の肉体の秘密コーナーだ。
なぜか少しホッとしている。こんな話題が徳さんにはふさわしいのだ。
しかし、今までのそれとは違って、そんなに哀しくない話を。
今はすっかり枯れてしまった徳さんだが、当たり前の話だが、徳さんにも脂ぎってた時代があった。
高校生の頃、左足の4趾(医学用語かどうか知らないが足の指のことを趾と書くそうな)の先っちょがちょくちょく痛んだ。
何か腫れてるようなのだが仔細は分からない。時々いじったりしながらも一年位放っておいた。
ある時、その趾の両端を強く押さえると、ニョロニョロと0.5ミリ程の白い脂肪が棒状になって絞り出されてくるではないか。
つい夢中になって、角度を変え絞っていくと、合計十本位、7~8㎜の脂肪の柱が絞り出された。
脂肪が排泄された跡はぽっかり小さな穴があいている。
ちいさなちいさな機関銃の弾倉のようだった。
それ以後、皮膚が被い、何事も無かったかのように、ただの4趾に戻ってしまった。
あっけない幕切れだった。
二度とそんな青春はやって来なかった。
顔のニキビが少ない方だったので、とんだところで若さゆえの脂肪を処理していた事になる。

2003.5.7
おはよう。
連休があったせいで久しぶりの『しりきれとんぼ』となる。
徳さんのゴールデンウィークはどうだったか。
何も好んで人ごみの中を出かけることはあるまいと、
例年のごとく家事手伝いと庭仕事に明け暮れたといっておこう。
爪はまっ黒、手は洗剤まけ。なかなかに大変だった。
台所仕事をしてて思うのは、キッチンの高さの一律化の不便である。
背の高い人、足の長い人は背中を丸めて作業しなければならない。
猫背になるなというのは酷な気がするくらいだ。
障害者用の車椅子住宅は、ハーフメードといって、キッチン、洗面台などは工事を途中で中断しておき、高さを入居者に応じて決めれるようになっている。
標準、との考えが入っていれば善しとする企業の怠慢さを感じる。

それにしもゴミが良く出るね。選別が趣味になりそうな位の量と多彩さである。

2003.4.30
おはよう。
このところパソコンのご機嫌がよろしくない。
画面が突然暗くなり、カーソルの位置も分からなくなってしまう。
強制終了やむなしで、何度も禁止技を使っている。
かといって毎回同じ目に遭うかと言えばそうでもない。
長く平常運転をしてくれる時もある。
気まぐれとしか言いようの無いお振るまいである。
私に落ち度があれば言っておくれ。
今と先程の違いを教えておくれ。
指摘に応じて対応を変えます。
突然の無言の実力行使は機械音痴のオジンの頭をかき乱すだけだ。
人に優しいパソコンの登場を願って止みません。
パソコンの話をしたので、もう一つ。
宣伝をあまりしない新宿カイロだが、5月1日より情報サイトと契約をした。
何ともこっぱずかしいが、癒し系サイトなそうな。
働く若い女性を対象にしてるとのこと。
徳さん、大丈夫だろうか。
開業して18年、初めて味あう不安感である。

http://www.ispot.jp

物好きで、おせっかいな方はサクラとしてクチコミ掲示板にちょっかいを出して下され。

2003.4.26
おはよう。
イラク攻撃(くやしいから戦争とは呼ばないからね)の報道写真の中で1枚気になるのがあった。
避難民である一人のイラク少女が、少ない家財を載せた荷車をロバに引かせている写真だ。
カメラマンの意図は見え見えだ。
いたいけな罪の無い少女が戦争という政治の犠牲になっている図。
いわば定番の表現だが、けっこう的を得てるのかも。
最近の戦争は力が拮抗する国家間では起こらない。
兵器の発達で互いの壊滅的な犠牲が明らかだからだ。
東西緊張の中でのキューバ危機の際の戦争回避努力は、他者の犠牲への想像力からではなしに、自国の犠牲に対する想像から払われた。
現在、戦争へのゴーサインは結末が明らかな場合にのみ出される。
そして、軍事産業を抱える国家は兵器を消費しなければならない。
戦力に圧倒的な差があり、それらしき大義が見出せる戦争相手国を探し続けることになる。
だから、近代兵器に破壊された大地に、本来なら牧歌的であるはずの荷馬車が少女を媒介して登場することになる。

2003.4.23
おはよう。
東京新聞4月1日朝刊の「こちら特報部」に、お台場に世界第2位規模の大油田発見の記事が出ていた。これで日本経済も立ち直り、国際的地位も安定しめでたしめでたし。といった内容だった。
もちろんエイプリルフールのお遊び記事である。
しかし、一瞬本気にした。
エープリルフールを意識せずに読んでいたし、ちゃんと書いてあることわり書きも読み落としてしまった。お馬鹿な徳さん。
でも、おかげでいろんな事を考えた。
自分の足元にお宝が埋まっているというような、自分自身(国家も含めて)の努力無しに、生れ落ちた環境だけで、安定とか繁栄とか将来が決定される。
戦後の平等思想にマインドコントロールされている徳さんは、こんな事は理不尽と思ってしまう。
競争があって、しかるべく優劣がつくのは良いけれど、スタート地点ですでに勝負が決まっているのは資本主義の名がすたるというものだ。
クウェートでは肉体労働などを外国人労働者に任せ、クウェート人は働かぬと聞く。(最近の報道は額面どうりに受け取れぬものが多いので断定できぬが。)なんだかお友達には成りたくない気分である。
それでもクウェートは良くやっている方である。
というのは、ダイヤモンド、金などの鉱物資源の豊富な南アフリカの国民が、おのおの裕福な生活を享受できてる、といった話は聞いた事がない。
利権を一部の誰かさんに牛耳られてる。
現代という衣装をまとった植民地主義が横行するばかりだ。
ことほど左様に、有り余る資源を持ったからと言って安定と平和と幸せが待っている訳ではない。
地球規模の資源の地球人としての共有化。有効化。
空気のように、と言いたいが、空気も汚す権利を買おうとしている国がある。
ロマンティシズムを馬鹿にした時期もあった徳さんだが、最後の答えはロマンティシズム。

2003.4.19
おはよう。
原始的な脳の本来的なあり方、などと大見得を切ったが、難しく考える必要は無い。
原始的な脳と言っても、新しい脳に比べて性能が劣っている訳でもないし、低い次元の役割をしているのでもない。生命維持のため、古くからある脳という意味だ。
ネズミにもネコにもある。
もっとさかのぼれば、生命活動の発現と同時にその祖型は現れているが、ここでの話は、現在までの到達点に至った人間の脳みその話に限定しよう。
呼吸とか摂食、排泄など自律神経を司ると同時に、喜怒哀楽の基本感情を司る原始的脳。
精神のあり様が、体調に関係する由縁でもある。
この原始的脳の特徴の一つが、新しい脳(新皮質)の干渉を極度に嫌がることだ。
人間が難しい生き物だというのは、ここにある。
新しい脳が、旧い脳を押さえ込むようにして、余りに理に勝った振る舞いを続ければ、旧い脳のストレスがたまり、一揆を起こしてしまう。
感情爆発であったり、自律神経失調症であったり、心身症として現れる。
新しい脳が、いかに良い情報を原始的脳に送れるか。よくよく考えてみよう。

2003.4.16
おはよう。
徳さんは別に脳みそ屋じゃないので大雑把な話になるが。
我々の脳は旧い脳と新しい脳を併せ持つ。
旧い脳は原始的脳とも言われ、脳の中心部に位置している。
生命活動と、喜怒哀楽といった原始的感情を司る。
そして、人間、追い詰められると原始的脳が暴走するのではないか、と最近の徳さんは想っている。
この間の世界情勢の中で、最も追い詰められた人間は、ある意味ではブッシュじゃないのか。
親から引き継がれた石油まみれの、充分裕福で安定した生活基盤もあり、幼い頃から差別意識を植え付けられ、人を見下しながら、西部の片田舎でカーボーイでもしながら幅をきかせるといった一生もあったろうに、アメリカ合衆国大統領になったばかりに、ネオコンに取り囲まれ、単純な世界二分法に固まってしまい、国連まで無視して準原爆を落としてしまう。
ブッシュの原始的脳は空爆下の残骸のようなものになっている。
本来の原始的脳のあり方に付いては次回。

2003.4.12
おはよう。
前々回ストレスの話が出たのでその続き。
カイロプラクティックの世界では頚椎の二番目の骨のズレを重要視する。
正確には第一頚椎と第二頚椎の関係をいうのだが、これが実によくずれる。
骨がずれるというと何だか穏やかでないが、なに心配はいらない。
零.なんミリのずれの事を言っている。 
その小さなズレが関節を取り囲んでいる靭帯や筋肉の緊張によって増幅され、首の髪の毛の生え際あたりに、これと分かるしこりとなって現れる。
ストレスにさいなまれると、この頚椎二番がずれる。
ちょっと関連付けに悩むような話だが、理屈はこうだ。
ストレスのせいで、交感神経が興奮し、精神的には喧嘩状態となり、全身の筋肉が緊張気味になる。
その時、頚椎2番がいち早く反応する。
頚椎2番と頚椎1番の関節だけが環軸関節といって、輪投げの輪と軸の関係にあるため、他の関節に比べ非常に不安定なものに成っている。筋肉の緊張に最も敏感な関節といって良い。
背骨のカナリア的存在が頚椎2番なのだ。
さて、この頚椎2番のズレが様々ないたずらをする。
頭痛、肩こり、吐き気、めまい、目の奥の痛みなどなど、枚挙すればきりが無い。
お医者さんには余り注目されない事だが、頚の骨の側面の突起に穴があり、そこを通る椎骨動脈の血行を阻害したりもする。
椎骨動脈は脳の底というか芯の部分にも血液を送り込むため、自律神経の中枢である視床下部のトラブルを招く。何でもありの症状になってしまう。
このようにストレスは超弩級の爆弾なのだ。
そして難しい事に、人間にとって適度なストレスは必要なのだ。
ストレスと折り合いを付ける、上手に付き合う。など言葉で言うのはた易いが現実の生身生活者にとっては至難の技と言っても良い。
さりげなく生きているかに見える方にこっそりその方法を教えてもらいたい。
そうすれば、患者さんにも確実にお伝えしますから。

2003.4.9
おはよう。
今、地球という星の一ヶ所で黒煙が上がっている。
災害ではない。理性を持った人間が、最先端の技術を持って上げた黒煙だ。
黒煙の下では、想像を絶する地獄絵がある。
現在進行形の地獄絵を正確に伝えられるのは、伝えることが不可能な、黒煙の下の地獄絵の住人だけだ。
マスコミの報道はゲームのように戦況を云々するが、地獄絵への想像力を削ぐような、迂回回路を選んでいる。情報戦の一方に組して残虐性を薄めた画像を流し続けている。
きれいな戦争をコーディネートしてどうする。
戦争に誤爆は付き物と平然として、誤爆を避ける努力をハイテク技術をもってしたのだから、結果は感知しない、という戦争を。
今起きているのは、なぶり殺し、屠殺、虐殺である。
人間が焼け、肉片が飛び散り、顔面が砕け、眼球が飛び出し、内蔵がはみ出し、血が吹き出てる。
先ほど、黒煙を上げているのは理性を持った人間のやってる事と言った。
超先進国の理性と言ってもよい。
この時の理性とは正しいのだろうか。
理性を狂わせるもの。
己の存在を否定された時と、金と欲に絡まれた時。
前者は9.11だし、後者は石油利権と軍事産業の利益だ。
9.11は痛ましい事件だが、テロを生み出す背景に手を着けずに、テロ狩をしてもテロは無くならない。石油と武器は何をか言わん、だ。
武器商人、死の商人といった古い呼び方を、軍事産業のトップ達、開発者、製造者、営業マンに改めて復活授与しよう。

2003.4.5
おはよう。
久し振りにお仕事の話。そう、本業に戻って話をしよう。
Tさんが下痢を訴えていらした。
カイロプラクティックが直接下痢の症状を治したりする訳ではないが、腰椎から出る交感神経と仙骨から出る副交感神経が腸の働きをコントロールしてるため、腰周りの背骨の調整が間接的に回復を支援する。
Tさんの話を聞いてみると、食当たりでも、風邪でもなさそうだ。
どうやらストレスからくる下痢らしい。
なんでも、腐れ縁の知人(ご本人はそんな下品な表現はしてないが、徳さん界隈ではTさんのおっしゃる言葉に従って述べる場合こうなる。)から近いうちに食事をご一緒に、と誘われいて、それが負担になっているようだ。
その知人さんは、かなりわがままな人で、自分の好みを押し付けるやら、思い通りにいかぬとチクチクと相手を責め立てるのだそうだ。そして、しばらくすると、自分の振る舞いを忘れケッロとしてる。
誰だってこんな人相手に食事など願い下げだ。
ところが腐れ縁というやつでTさん、断わりきれないらしい。
こういったストレスは性質が悪い。
交感神経が興奮したままとなり、心と体が共に喧嘩状態となって、消化器系の働きが押さえ込まれてしまう。下痢になったり、便秘になったり、お腹が痛くなったりする。
ストレスは意外と思われるほど広範囲な症状を引き起こす。
皆さんもご自分のストレスをチェックされるように。
そして時々、ケセラセラ成るように成る。とお題目を唱える事をお勧めする。

2003.4.2
おはよう。
こんなご時世で、ついつい話が殺伐としたものになってしまう。
いけない、いけない。
海辺の話。第二弾。
木与。
と言っても知ってる人はほとんど居ないだろう。
広島に住んでいる間中、ひたすら山陰地方を愛してた。
年齢的な事もあるのだろうが、瀬戸内海の風景に反発してた自分がいる。
内海なので水平線がない。無数の島々が衝立(ついたて)となって、山々で四方を囲まれた盆地を思わせる。土地が水に変っただけとも感じてしまう。
あくまで平和で、間延びした平安貴族のイメージがして、当時の己の閉塞感とダブって瀬戸内海の風景に反発してたのだと思う。
すっかり枯れ切ってしまった現在の徳さんなら、また別の感想を抱いただろうが。
木与の海辺に出くわしたのは、二十歳の頃、山陰本線を萩から浜田に向かっている時の事だった。
山陰本線は複雑な海岸線に沿って、牧歌的にというか律儀にくねくねと走っている。
それでも小さな岬を越えるため、小さなトンネルが連続してる。
トンネルを出る度に視界が開け、車窓から眼下に小さな村落が見えたり、岩場が、浜辺が見えたりしてた。
この闇と光の繰り返しの中で、ひときわ白く輝く小さな浜辺があった。
たまらず次ぎの停車駅で降りたのが木与という漁村駅(こんな言い方があるとして)だった。
砂の定義が分からないので、広辞苑を引くと「細かい岩石の粒。主に各種鉱物の粒子よりなる」とある。ところが木与の浜の砂は様子が違う。
砂の一粒一粒が極々こまかい貝殻なのだ。だからパウダーのようにふんわりして、陽の光にも強く反射する。
炭酸カルシュウムの砂。貝の本体が海中の二酸化炭素を己の酵素で固定した代物。
信じられないだろうが、沖縄の星の砂の例もある。
荒涼とした出来事ばかり続く時、木与の砂浜を思い浮かべるようにしている徳さんであった。

2003.3.29
おはよう。
「戦争の善し悪しは別にして、よく行きますねえ。」
施療用ベットに横たわっているTさんがボソリとつぶやかれる。
一瞬何の事か分からず、聞き返すと、アメリカ兵の事だ。
海外出張も多く、アメリカの市民権を得ているというTさんは、アメリカ的日常の中で、よくもまあ、砂漠地帯の戦争に出陣するものだと、感心してそうおっしゃる。
「アメリカは昔からあった国でなく、様々な民族を受け入れて創った国だから、愛国心も自然と涌き出るのではなく、かなり意識的に、無理をしてでも愛国心を駆り立て、自らがアメリカ国民であることを確認しなければならないからじゃないですか。」
そのような意味のことを徳さんは答えたのだが。
たしかにアメリカ兵の事も考えねばならぬ。
前線の実戦部隊の多くは18歳~20歳台の若者だろう。
現在の日本で考えれば、学生か、フリーターか、新入社員か、プータローをやっている年頃だ。
真剣に国家の事など考えている奴など皆無に近いはずだ。
(徳さんはそれでいいと思っている。今まで国家は国民に対してろくな事しかしでかして来なかったのだから。効率の良い、公平な自冶体があれば充分だと思っている。)
そう思えばアメリカの若者も過酷な国に生きている事になる。
『』付き正義の犠牲者としての米兵像を考えてもよい。
先日の新聞にトマホークミサイルをイラク施設に向けて発射した若いアメリカ兵へのインタビュー記事が載っていた。
「君の撃ったミサイルがイラクの一般市民を殺している。その事に関して君はどう思うか。」との質問に対して「我々は指示された軍事施設を攻撃している。しかし、それが誤爆となったとしても、彼らは悪い奴らだから問題は無い。」と答えていた。
ナンタルチア。
ここには国家が犯す、洗脳の2文字があるだけだ。
こんな単純な勧善懲悪物語がこの地球上に在るはずもない。
国家が純粋な若者をコントロールしてる。しかも、低レベルで。
薄汚れた手で、民主主義が偽造されてる。
生徒が教師を乗り越えるという理想的姿を、小泉君に求めるというのは、所詮、無理な話なんだべえな。

2003.3.26
おはよう。
五十歳代半ばを迎えて、最近の徳さんは物忘れがはげしい。
買い物をしてても何を買いに来たのかを忘れ、余分な物だけを買ってしまったり、隣の部屋に物を取りに行ってもドアを開けた途端に自分が何しに来たのか分からなくなって、もとの部屋に立ち戻ってくる、なんてのはざらである。
仕事上でも、時々ダブルブッキングをしでかし、患者さんに呆れられてる。
脳軟化か脳萎縮が着実に進行しているようだ。
昔、貧乏な一人暮しをしてた時、(今も十分貧乏だが)入れた覚えの無い緑色の液体の入った袋が冷蔵庫に入ってた事があった。けっこう毒々しい緑だったので不気味だったが、恐る恐る袋を開けるとプーンとキュウリの匂いがした。密閉された袋の中で放置された為、キュウリが溶けてしまったのだ。
徳さんはこの時、細胞の末路、細胞の死というものを具体的に知った。
この場合、どうしたら良かったかというと、さっさとキュウリを食べちゃえば解決した。
早めに食べるを、脳に当てはめれば、脳を使って休眠状態の神経細胞とネットワークを張る事だろう。
だいぶ衰弱してしまった徳さんの脳だが、頑張って頭を巡らせる様努力してみよう。
しかし、かようにやわになっている徳さんの脳には今回のイラク攻撃は刺激が強すぎる。
ネットワークの回線がショートしてしまう。
先日も4チャンネルのTVワイドショーを見てたら、ブレア英首相の参戦理由の説明演説を受けて、司会者が「これです。こういった説明が欲しかったんですね。」と喜んじゃってた。小泉首相の説明不足に比較しての発言だろうが、完全に攻撃容認を視聴者に誘導してる。
君は司会者だろ。
徳さんの残り少ない脳回線がショートしたのは言うまでも無い。

2003.3.22
おはよう。
テレビは朝から晩までイラク漬けである。
湾岸戦争時と同様、軍事評論家が戦略家きどりで得々と戦況を解説している。
自分の武器でもないのに最新兵器の性能を誇らしげに語っている。
今回のような人間の根源が問われる事態に出くわした時に、人の品性があらわになる。
生放送のテレビは、出演者の人格をふるいにかける。
出演者の皆様、ご注意あれ。
最近、とみに元気を失っている徳さんは、少しでも元気が出るようにと、施療中『STOY』というCDを流している。
アラブ~インド音楽を演奏するグループ<ARABINDIA>とピアニスト佐藤允彦が共演しているものだ。そこではアラブ、インドの音楽と西洋音楽が不思議な感じで合体している。
徳さんは、今まで聞いたこともない旋律や和音であるが、何処かで聞いたはずという、デジャブ(既視感)の聴覚版に身を委ねている。
アラブにアメリカ型の民主主義を、など身勝手な押し売りがどんなに恥ずかしく不遜な主張であるか、音符のひとかけらでも投げつけてやりたい気持ちだ。

2003.3.19
おはよう。
世の中が徳さんの願い通りになったためしなどかつて一度もなかった。
そして昨日も、ブッシュがイラクに48時間の最後通告をした。
徳さんは元気を出せず、しりきれトンボの残った尻も残りわずかの感がして、はかない気持ちにさいなまれている。
人間は進歩せず、心のありよう野蛮なままである。
フセインはクルド民族などに残虐でフェアーでない。
ブッシュはイラク国民などに対して残虐でフェアーでない。
武器技術だけが進歩し、その破壊力が大量殺戮に向かわせる。
最後通告のTVニュースを見ててテレビ局の報道姿勢にもむかっ腹立てた。
報道デスクの前には残り48時間をカウントダウンする大きな時計がセットされている。
誰もワクワク、ドキドキなぞしとらんぞ。
カウントダウンは楽しい祭りを前にした時にだけやれ。

2003.3.15
おはよう。
最近は嫌われがちだが、アメリカが好きな処がある。
日本国憲法第9条をくれた事である。
これは当時のアメリカが自国で成し得ぬ理想を、壊滅状態の日本に採用したものだ。
ひとりアメリカにとってだけでなく、世界中の国にとっての理想憲法だろう。
なにしろ国際紛争の解決にあたって戦争行為を放棄しているのだから。
現時点での世界中の国家の中で、自国の現存の憲法を改正して、戦争放棄を謳い、軍隊を持たぬ憲法に移行出来る国は無いだろう。(一国だけ例外があるようなのだが、徳さん、不勉強のため特定できず。)
国家は軍隊を持つ事で自国を防衛し、他国と拮抗できるものなのだから。
日本で9条が可能だったのは、その時、日本に国家が無かったからだ。
歴史のエアーポケットみたいな、一瞬の空間を前提として9条は成立した。
民間人を含め(戦争犠牲者は何時の世も戦闘員より民間人の数が圧倒的に多い。)200万人、日本軍が中国、朝鮮、東南アジアで殺した人々を数えれば、さらにさらにその数は増える膨大な犠牲のもとに成立した。
(小泉首相が大好きな戦争犠牲者である。まさか、自国の犠牲者と他国の犠牲者を腑分けするというような身勝手な想いは無いだろうな。)
だから、この日本国憲法第9条は世にもまれな奇跡的憲法なのだ。
大事に育む以外に、世界に対して使命を果たせない代物なのだ。
ブッシュも聞き分けが無さそうだが、小泉君も分かんねえだろうな。

2003.3.12
おはよう。
患者のMさんと雑談してて(施療中に雑談などして、もっと真剣に施療に取り組め、とのお叱りの声も聞こえはするが、なに、かまわぬ。施療者が程よくリラックスしないで良い施療など出来ぬわい。)理論と現場の話になった。
この場合、理論というのは心底正しい(そんなものが在るとして)理論をさすのではなしに、観念的な理論、机上で考えられた理論のことを言う。
Mさんは言語学者で、最近、言葉の発達が遅れてる人、言葉の獲得が出来ぬ人を手助けする言語療法士との対話を度々試みている。そこで出てくる問題は、たいそうな理論が現場の困難に何も答えられていない事だ。Mさんは既存の権威ある理論と闘おうとしている。
我が身に振り返れば、机上の理論だけならカイロプラクティックで様々な病気の大部分を治せるか、予防する事が出来ることになる。
でも実際は、わが新宿カイロの患者さんの実感でもあろうが、そうは問屋が卸さない。
生身の肉体はヘナチョコ理屈通りには反応してくれない。
徳さんの腕がそれまでなのだ。という薄情な意見もあるだろうが、この際それは無視、無視。
私も勉強がてら多くのカイロプラクティック啓蒙書に目を通したが、多少裏情報に通じている者としては、あの先生がこんな事を書いて大丈夫だろうか。
あの事はどうして書かないんだろう。そうか、書けないんだ~。
という、つぶやきを禁じえない事が多い。
皆さん、宣伝文句、啓蒙口調にはご注意あれ。たとえ、それがもっともらしい理論武装してたとしても。
たかがカイロ。されどカイロ。
と、お題目を唱えながら、理論と実際の統合を模索している徳さんでありんした。
今日は自己宣伝に走ってしまったな。

2003.3.8
おはよう。
昨年自宅を引越しした。
一生借家住まいを決め込んでいるので、根っ子、気楽なものだが、それでも捨てる物の多さには驚かされた。3年使わなかった物は捨てるべし、と誰かが言っていたが本当だ。本当だがこれから先も同じ事を繰り返すだろう事も本当だ。
さて、今回の引越しを機会に我が家はケーブルテレビ会社と契約を結んだ。
おかげで今まで見れなかったアメリカのプロレス番組を楽しんでる。
どうも小中学生時代にインプットされた興奮を引きずっているらしい。
当時、テレビの前で正座して、力道山、豊登、吉村の活躍をかたずを飲んで応援してた。
しかし様子が変なのだ。
鑑賞してて不快感に襲われる事がやたらと多いのだ。
勝負あって勝ち名乗りをあげているレスラーを、負けたレスラーの仲間が背後から襲っていため付ける。それが定番のように毎回繰り返される。消耗戦を闘い、ヘロヘロになっている者を元気な者が不意打ちをするのだ。技の競演もスリルもあったもんじゃない。怨念の連鎖を物語として創っているだけだ。
極めつけの場面にこないだ出くわした。
スタイナー(この人の力こぶは見事な三角形をしている)というレスラーにHHHとフレアーともう一人が3人がかりでリンチまがいの暴行を加える。スタイナーは成すすべも無く袋叩きに身を任せてる。
面白くも何とも無い。
もちろん、これらはやらせで、計算されたショウであるから、最近のプロレスの熱狂的なファンでもない私がとやかく言う筋合いではない。
問題なのは興行主が、このような演出をすれば観客が熱狂すると判断している事だ。
さらに問題なのは興行主のもくろみ通りに観客が反応する事だ。
興行主の観客分析は正しかったわけだ。
やはり、人間はたいした進歩を遂げてない。
日々の鬱屈とした不全感を解消するのにたいした手立てを持っていない。
そして徳さんは思ったのである。
このプロレスは認めようと。
不愉快ではあるが、これが人間の現在なのだと。こんな祭りが必要なのだと。
しかし、プロレスの興行主と国家元首は違うよね、ブッシュさん。

2003.3.5
おはよう。
(前回のつづき)
以前触れたことがある閖上(ゆりあげ)海岸。
宮城県仙台市の南東に位置する。
しかし、思い入れが強い割りに、よくよく考えてみれば二度しか訪ねた事が無い。
しかも、深夜に訪れただけだ。
何も知りはしないといった方が正ししい。
印象だけが強いのだ。
もう、私の中で増幅され固定されて、現実の閖上海岸とは似ても似つかぬものを語っているに過ぎないのかも知れないのだ。
その時はメンゴ。
さて、何故、その閖上海岸が私の中に強くインプットされたのか。
当時の私の心の有りようもあるが、今回はその手の話は抜きにする。暗くなるからね。
ともかく、私は真夜中、閖上海岸に佇んだ。
そして圧倒された。
日本海の荒波に砂浜が深くえぐられ、強い傾斜の砂丘の底に降り立つと、180度の視界すべてが己の視線のはるか上にあることになる。
足元そのものは波打ち際なので、すべてが視線より高い、などあり得ないのだが、波の高さが2メートル近くあるので、飲み込まれるのではないか、との錯覚を招く。
あるべき水平線は空の闇に溶け込んでしまい、どこから海が始まっているのか定かでない。
画面の上部に波のうねりが感じられる。
たぶん夜光虫か海蛍がいるのだろう。かすかな光を伴って黒い塊がうねっている。
画面の中央から足元にかけて、左右に連続したしろ黒い(白黒いという形容詞は無いが)波頭が砕け散っている。
波が砂浜に叩きつけられる音は、どんな楽器も出せない重低音だ。
視覚と聴覚を支配され、私は永い間、呆然と佇んでいた。
己の中の暗い闇を、自然の創る圧倒的な闇が打ち砕くようなカタルシスをその時味わった。

2003.3.1
おはよう。
多くの人が感動しているものを伝えるのは難しい。
例えば料理の話。
いろんな人が料理談議をしているが、こだわった素材を使ってとか、珍味だとか、珍しい料理法などの話しに偏っている傾向がある。毎日食卓にのぼる味噌汁などの話は出てこない。
だけど、無意識下で最も感動しているのは家庭料理としての味噌汁だったりする。
それが上手く伝えられないのだ。
日々の体調によっても味覚は変化するし、それに家庭料理の妙味は、毎回毎回それが失敗作である事だと私は思っている。決定的な失敗ではなく、いつもわずかな誤差が含まれている失敗だ。
そして、その微妙な誤差の味わいが家庭料理の神髄のような気がする。
そこら辺を伝えるのは難しい。

海の話がしたいのだ。しかし、珍しい料理としての話にしかなりそうも無いのが残念だ。
(つづく)

2003.2.26
おはよう。
硬い話は苦手なので、なんとか避けたいのだが、ご時世がそれを許さぬ。
「本日の抜粋」コーナーで異質な者を異質なままに受け入れる重要性に触れた。
この場合、相手にとって自分が異質な者であるという事の認識が大事なのだ。
相手が異質な者であると、がなり立てる前に。
決して自分だけが主人公ではないのだ。
自分にとって異質なる民がフセインの犠牲になっている。
どうしたらいいか。
異質なる文化・歴史を尊重しながら、フセインの蛮行を情報として徹底的に提供する。
正確にそれが出来たなら、フセイン政権はすぐに崩壊するぞ。
相手の言葉で語れ。
自分の価値観の押し付けはいかんぞな、もし。
武力行使の前に、公正な情報をイラク国民に提供する事だ。
公正な情報の提供の中には、湾岸戦争の時の油まみれの海鳥が、戦争が終ってから実は後で分かった事ですが違った時の映像でした、なんてのは通用しない事が原則だけど。
情報操作は民主主義に敵対する行為だぞ。
お前が、まず、民主主義を踏みにじってるぞ。
分かるかブッシュ。
ブッシュ米政府高官の発言に「アラブ世界に民主主義は無い。我々がアラブを民主主義の世界にするのだ。」というのがあった。
これは排除、掃討の理論でしょ。民主主義じゃ、あ~りません。
ダブルスタンンダードという批判にまともに答えた事の無いブッシュ政府に、民主主義を語る資格はない。
ベトナム戦争から何も学んだ様子が見られないブッシュ政府に民主主義を語る資格はない。
わしゃあ、やじゃけんね。お前みたいな奴に世界が牛耳られるのは。
世界警察を気取る前に次の事も真剣に考えるように。
テロリストと云われる人に精神傷害者が出てるという情報はない。
一方、ベトナム戦争、湾岸戦争に従軍したアメリカ兵が帰還後、精神傷害に悩まされてるという報告は多い。
両者の違いは何なのか。
野蛮人と文明人の違いなどとは間違っても答えないでくれ。
吹き出してしまうから。

2003.2.22
おはよう。
薬について。その⑨
私の人生は脱帽人生と言っても過言ではない。
ああ、この人はすげえぞ。と脱帽しきりである。
嫉妬心以上に、というかそれ以前に脱帽して感心してしまう。
私のようにコンプレックスの塊のような人間にとって、この脱帽行為は役に立つ。
脱帽した上で、ほんのちょっぴり真似て見る事で己を安定させる。
決してほめた方法ではないと思うが、現実問題としてずいぶん役に立つ。
今回はその企業版。
バリアフリーが叫ばれ出してようやく公共施設などがヨチヨチ、ケチケチながら形を整え出している昨今だが、薬の世界で薬のバリアフリーを主張して薬を開発している製薬会社がある。
高齢者は薬が飲みにくい。
そんな事に気付かなかった俺も馬鹿だが、貴方も当事者でなかったら気付いてないはずだ。
だから、そこに気付いたこの会社は偉い。
小さな錠剤がつまみにくい高齢者のため、錠剤を大きくし、口の中で崩れやすく、飲みやすい味付けをする。医療費負担に配慮して、特許期限を過ぎたものを対象とする。など知恵を絞っている。
エルメッド・エーザイ社。
素敵なホームページを作っているいるので紹介しとく。

http://www.emec.co.jp/ (リンクしようとしたらサーバーからファイルを取得できませんでしたとの表示あり。当方の技術的問題なのだろう。お手数でも、おのおの方でアクセスするように)

厚生省は、裏街道を地道に歩いてるこのような会社をこそ応援すべきで、間違ってもミドリ十字社などを蔭でコソコソ救済努力すべきでない。たとえ、かつての上司が天下っていようと。
今回の情報も、我がいとしの、某製薬会社に勤務する秘密工作員Tさんからのたれこみである。
皆、感謝するように。

2003.2.19
おはよう。
パソコンぼやきコーナーを廃止した途端にずっこっけた。
HP作成ソフトの機能にフレームというのがある。
私も見栄を張って、いいかげんコーナーに利用してみた。
しかし、思うようにいかぬ。
コンテンツの途中からフレームを使用したいのだが上手く出来ぬのだ。
もう一つ。
フレームの中でトップページにハイパーリンクすると、一つのフレームの中で反応してしまい、思うように元に戻ってくれない。まるでフラクタル図形のように同じ画面が順次小さくなって現れて来る。
誰か、助けてくれえ~。
そう云えば、私がパソコンを買ってみようかと思った動機の一つが、複素数の解であるフラクタル図形をコンピューターに描かせる、であった。図形のどんなに小さい部分を切り取って拡大しても、元の図形が再現されて現れるという奴。
何年か前の「ニュートン」という科学雑誌に、それはもう、夢幻の世界と思われる図形が載っていた。
今考えれば、身の程知らずと云うことが良く分かる。
計算の得意なコンピューターの事、簡単に出来るかと思っていたが、計算をさせる所まで持って行くのが至難の技。私など死んでも出来るはずない。
PS 短い文章の中でパソコン用語、数学用語を駆使したので徳さんはすっかり疲れてしまった。

2003.2.15
おはよう。
薬について。その⑧
このところ厚生省は失点続きである。
そこでお助けマン。厚生省の失地回復案を。
なんか最近は怒るより哀れんじゃってるもんね。
薬供養というものをやる。
針供養とか人形供養と同じ様に薬供養を、年に一度、厚生省主催で全国的に執り行う。
宗教の自由の問題があるから、各宗派、それに無宗派と云うように選択自由でやる。
その年、処方されたが服用されなっかった、言葉を替えれば捨てられる薬達の供養だ。
そして供養された薬をある程度分類して統計を出すようにする。
選挙の時の投票率のように供養率を出せば、その年全国でどれだけの薬が捨てられたか分かる。
厚生省白書等には生産され処方された薬の情報はあるだろうが、捨てられた薬の白書は無いと思う。製薬会社のモニターとしても役に立つだろうし生産調整の一助にもなる。
医師にとっても自分の処方した薬の行方が分かり、必要最低限の必殺処方を考えるようになる。
もっとも、消費は文化だといって過剰消費をあおり立てる輩もいるが、私は反対だ。
消費は消化だと私は思っている。
不完全消化が体に良くないのなら、捨てられる事を前提とした経済も健全とは云えない。

2003.2.12
おはよう。
徳さんの肉体の秘密 その⑤
背中のしみ。
現在55歳になるオッサンの背中に多数のしみがあったとて何の不思議も無い。
しかし、私の背中のしみは30歳の夏、1日にして出現したのだ。
告白するが、私の数あるコンプレックスの一つに肌の色の白さがある。
黄色人種だからそれなりの白さなのだろうが、友人達の褐色の肌がうらやましくてしょうがなかった。
当然努力した。
夏になれば甲羅干しに励んだ。
しかし、どんなに努力しても、真っ赤に焼けた後一皮むけて元のもくあみ。火ぶくれの手当てだけが余計な煩わしさだった。
30歳の夏、めげずに海に行き肌を焼いた。
一週間経って皮が部分的にむけ出した。
そんな時に、また海に行った。その時は障害者共々の海水浴だった。
かなりの人数で行ったので何人もの障害者と一緒に海に入った。
皆泳げぬので、浅瀬で手を持って浮いたり、足をバタバタさせるのを繰り返した。
当方は腰まで海につかり、上半身は夏の太陽にさらし続ける結果となった。
一週間して悲惨な事態が待ち受けていた。
まだらに皮がむけた状態で再度焼いたもので、むけ残った部分が変にこびりついてしまい、きれいに皮がむけなくなり、一ヶ月経ったときにはそれがしみとなってしまったのだ。
私は20年ほど早いしみ持ちになってしまった。
オジンの後知恵。2度目の日焼けは皮のむける前か、完全にむけきってから実行すべし。
しかし、良い事もあった。
後々、その海水浴に参加した奴の一人と一緒に入浴した際、互いの背中にしみを見出し、その成り立ちを共有するに及び、すっかり意気投合した。
しみ達が出来た。

2003.2.8
おはよう。
徳さんの肉体の秘密。その④
やっと③の胴長短足シリーズから抜け出した。思えば長くて苦しい、そして恥ずかしい道のりだった。
まあ、毎日付き合っている事柄なので、何時の日か舞い戻る事もあろうかと思うが。
さて、その④ 左肩の血腫。(毛細血管の発達したもの)
人は年を経るに従って醜く成っていく。これは生殖を至上命題とした生物の宿命である。
醜さが無ければ美は存在しないのだから。
適齢期を際立たせるためにも、若過ぎる時には未熟な果実のようにまだまずいとと発信しなければならないし、年経ればもうまずくなってますと合図しなければならない。
中には変人もいるから100%その限りではないが。
でも、そんな自然の流れに逆らった醜さというのが私の肩にある。
これは高校時代より徐々に育んで来たものだ。
始まりはニキビ様のものだった。ぽつんと膨らんだ違和感が気になってやたらといじっていた。
顔のにきびと違って、両手の指ではさんで絞り出せぬ位置にあったというのがこの場合の悲劇である。
左肩甲骨のやや上部にあるため、しっかりと処理出来ないのだ。
右手だけを患部にやり、中途半端な絞り出しを数年に渡って繰り返していた。
普段目に留まる場所でもないので、そこが、何分の1ミリのにきび様芯から始まって、直径2センチの巨大な血腫にまで成長していた事に気付いたのは大分後になっての事である。
たしか動物実験で機械的刺激を繰り返して皮膚癌を発生させたのがあったと記憶している。
ああ、ナンマンダム、ナンマンダム。
以来、私の左肩甲骨はアンタッチャブルな禁断ゾーンとなっている。
誰でも気にかかる身体部位をお持ちだろうが、あまりいじらぬ様に。

2003.2.5
おはよう。
ご覧のようになんとも情けない「しりきれとんぼ」だが、一応現在進行形の今、パソコンに向かっている。
今現在の出来事に無関心を装って、能天気な仙人めいた振る舞いはしたくない。
だから、私が設定したルールに従って、最初のインスピレーションだけを記す。
スペースシャトル、コロンビアが大気圏突入に失敗した。
七名のウルトラエリートが瞬時に亡くなった。
事故後3日経っての報道によれば、スペースシャトル自身にスペースシャトルを宇宙空間で修理する機材、機能を持たせなかったようだ。
大気圏を脱出するより大気圏突入が数倍困難であることは素人の私にも分かる話だ。
打ち上げ時のトラブルを、それがどんなに些細なものであれ重要視する原則がNASAから失われていた。
しかし、この言い方は多少NASAに失礼である。
NASAは予算を減らされていた。
スペースシャトルの新規製造がスットプしたままなのを見ても明らかだ。
宇宙開発(宇宙独占の野望、と云っても私は構わない。)を低予算で、と云うことは中古品でやり遂げなさいと命令されてるようなものだ。
今回の七名のコロンビア乗務員は、アメリカ合衆国の国策による犠牲者のように私には思われる。 
国策による犠牲者。(これは北朝鮮の問題にも通底する)
もう一つ。
ブッシュに言いたい。言っても分かんねえだろうが。
今回のスペースシャトルの事故で亡くなった尊い七名の命と、9.11、ツインタワーで亡くなった人のうちの七名の命と、アフガニスタンの洞窟で新型爆弾により瞬時に亡くなった人のうち(犠牲者数不明。おそらく十万単位だろう)七名の命と、アフリカや北朝鮮で飢餓で亡くなった人のうち七名の命と、そして、これから始めようとしているイラク空爆で亡くなっていく人のうち七名の命が全くの等価だと云うことを。

2003.2.1
おはよう。
何日か前に、私のお気に入りのロンリー映像を紹介した。深夜、闇に向かってひた走るY君のオートバイの話だった。
今回は、光溢れる真昼間バージョン。
やはり、東北は仙台で、ふがいない学生生活をしてた頃の話。
ひょんなきっかけから、仙台郊外にある農家に住み込みでしばらくアルバイトをした。
豚の世話をしたり、田んぼの除草をしたりと朝から晩まで結構忙しかった。
その時、M君という少年が農業の勉強のため住みこみで働いていた。今でいう実習生。
私はM君の下について農作業の1から3くらいの処を手取り足取り、M君に随分笑われたりしながら教わった。
M君は小さい頃、家で飼っていた牛とふざけているうちに牛の角が目に刺さり片目を失っていた。
そのM君は、昼休み、食事を終えると納屋からドラムのセットを持ち出し、ドラムの練習をするのを日課にしてた。通信販売で揃えたのだそうだ。
遠くに見える山々まで一面に広がる緑の田んぼの真ん中で、隻眼のM君は一心不乱にドラムを叩く。
デンデコデレリコ。
ドラムが揺れて金具の部分が真昼の太陽を反射させる。
M君の打ち出すドラムの音は遠くの山までさえぎられることなく、あたりに響き渡る。
今、五十歳前後になるだろうM君はどんな生き方をしているのだろうか。

2003.1.28
おはよう。
以前、政治と宗教の話は商売上タブーと言った。
だけど、禁を破るとも言った。
それでも遠慮深く云わざるを得ないとも言った。
だから、ここしばらくは、この地球上で起きたあれこれの第一インスピレーションだけを云うようにする。

現在、世界中がその成り行きをかたずを飲んで見守っているアメリカ合衆国とイラクの戦争について。
多くの人が感じているように、これは二国間の戦争というより、ブッシュとフセインの怨念の喧嘩だ。
何事につけ独裁とか支配とか抑圧の大嫌いな私は当然フセインを認める事が出来ない。
じゃあ、ブッシュに組するかと言えば、そうはいかない。
ブッシュは所詮カーボーイでしかない。
カーボーイが悪い訳ではないが、世界の誰一人も、カーボーイそのままで、世界に君臨してくれる事を願っている者など居るまい。
カーボーイは家畜を訓馳するのに長けた人を云う。
地球上に生きている人間の誰でもが一頭の家畜では無い事を、ブッシュは物の道理としてひとかけらも分かっていない。
やられたらヤリカエス。(イスラムの教えにも似た様なのがあるね。)
やられそうになったらヤラレル前ニヤル。(こんなのはイスラムの教えにも無いね。)
これでは一時的な封じ込めは出来たとしても、怨念はくすぶるばかりじゃないか。
両者を諌めるか、両者に非協力を宣言するしかない。
こんな事を云えば、政治音痴の平和ボケが何をぬかすか、という輩も多かろうが、なに、構わぬ。
平和ボケで、わしゃ満足じゃ。

2003.1.25
おはよう。
硬い話が続いたので、少し体をほぐそう。
なにしろ私はほぐし屋なのだから。
徳さんの体の秘密。その③の5。
胴長短足。
この私の公然の秘密は、大概の場合、本人にとってはどんなに悲劇っぽくても、はたから見れば単なる滑稽話の一つでしかない。
しかし、今回の話は違う。私の胴長短足が犯罪を犯したのだ。
二十数年前、私は障害者と健常者(これも嫌味な言葉で日本語のこの件に関する貧困さを感じる。障害というものを考える歴史が貧困なのだ。)が、入り混じって交流しようという趣旨の会に所属してた。
まあ、メチャクチャな集まりで、お互いに迷惑を掛け合った。
ある時、旅行に出かけ、旅館の風呂に入った。そこまではあたり前の話だよね。
私はN君と一緒に風呂に入った。
N君は重度の脳性マヒ(CP)者で車椅子を利用している。
私は後ろからN君を抱きかかえ、湯船に向かって歩いた。
旅館の風呂場は広い。脱衣場から湯船まではそれなりの距離がある。
湯船が近づいた時点で、ふと足元を見ると何か赤くにじんでいる。
やってしまった。と気付いた時は遅かった。
N君を抱きかかえたまま、後を見ると、道中の半ば辺りから二筋の赤い血の跡があった。
私の胴長短足が災いして、N君を抱えきれなかったのだ。抱ききったはずなのに。
タイル張りの浴場の床にN君の足を引きずってしまったのだ。普通に使えば問題無いタイル張りだが、引きずってしまい、タイルの角に足の指先をこすり付けたわけだ。
N君が普段、車椅子に乗っているため、N君の足が私の足より数段長い事に考えが及ばなかった。
N君の下肢は感覚麻痺のため痛みを訴えないものだから気付くのが大幅に遅れてしまった。
現在、N君が足の指無しに成ったとは聞いてないので救われるが、障害者と行動を共にする時は、己の足の長さに留意しましょう。

2003.1.22
おはよう。
前回の『しりきれとんぼ』は変則的になってしまった。
急な話だったのだ。障害者にとっては寝耳に水といった感のものだ。
国の予算編成の期限がギリギリになった時点での方針発表に、厚生省役人の狡猾で陰険な手口がうかがえる。過去の厚生省行政の失態が国民にとってまだまだ生々しい時点での振る舞いに唖然とする他ない。役人の(政治家の)失政に対する処罰が法的に無いのはズルイ、ズルイ。配置転換で(多くの場合、それが、ちゃんと栄転になっている。正義感ぶるのがお好きなマスコミさん、なにをしてるのですか。)お茶を濁されるのが落ちだ。
今回の厚生省側の直接的理由は簡単だ。
財政難。
(財政難にした真の犯人は誰なのか?国は犯人を処罰したか?否。犯人の手助けはしたが、そして現在もし続けているが、犯人による犯罪被害者の首を締めることばかりしている。)
財政難。今回の厚生省方針決定に財務省が深く関わっている事は想像に難くない。
しかし、財務省、というか現政府は現在の不況を本気で乗り越えようとしているのだろうか、疑問にさえ思う。
消費の低迷に悩んでいるのだろう。
国民の皆様、国の為に、財布のひもをゆるめて下さいと叫んでいるね。
それなら、それに見合った政策を打ち出せばいいじゃないか。
障害者には失礼だが、今の日本でタンス預金から一番遠い人達が障害者なのだ。
俺達に明日は無い、を日常的に生きている人々なのだ。
その日その日を必死で生きている。
そんな彼ら、彼女らが僕らみたいに金を貯め込もうとするか?
今の日本にとって、最も好ましい消費者のうちに障害者は入っている事を、政府、財務省、経済学者は知らなければならない。
デフレ対策を、と言っている張本人がデフレ阻止をじゃましている愚を犯している。
スカートの裾を踏んずけているのが、じつは心置きなく前へ進んで下さいと云った人だった、という話にこれは限りなく近い。
消費者としての障害者。ここらへんを考えて欲しい。
もう少し云わせて下され。
今回のような事態になったのは単純な背景がある。
許し難い単純さだけど。
障害者は社会のお荷物だと、根っ子で思っている事が背景にある。
余裕がある時だけ善人面している輩。
余裕がある時こそ、ゆっくり問題を考えねばならぬのに、高邁な?施し思想しか身に付けられなかったから、金の余裕が無くなった時に、即座に心の余裕も無くしてしまうのだ。
今回の厚生省の振る舞いは、当、新宿カイロプラクティック院としては、どうし様もなさそうだけど、可哀想だから少し面倒見てやるかな、という患者レベルに位置する。

2003.1.22
おはよう。
4日前、25年来の友人からBCCのメールが届いた。
ただならぬ内容なのでここに転載する。
いずれ、無断紹介コーナーに移します。(私は無断で何かをするのが好きらしい。いつの日か、著作権法で告発されるような気がする。)
以下、関心無いと思っている人も目を通すように。

この四月から障害者の制度が大幅に変わります
「支援費制度」の導入です
その「支援費制度」の中の居宅支援事業が今、揺れに揺れて
います 1月に厚生労働省がとんでもないことを言い出したのです
居宅支援事業というのはホームヘルプ制度で今まで措置だったのが
障害者の人が自分の受けたいサービスを自ら選択できる制度で、自宅にいる
障害者の買い物時に付き添うガイドヘルパーと、自宅で障害者の身の回りの
世話をするホームヘルパーの事業者を選択できるのです

厚労省もここ近年、施設収容から地域福祉へ。という政策を取り続けて徐々に
障害者がスーパーに、またある時は呑み屋さんにと自然に入って行けるように
なりました  それは、ヘルパーさんの存在があったからこそなのです

今年度までの厚労省はその「施設収容から地域福祉へ!」の政策を貫こうと、
各地方自治体に対して、「居宅(自宅に居る)障害者に対してのガイド及び
ホームヘルプサービスの時間の上限を設けないように。」という通達を出して
いました  それがナント、一転、支援費制度では、今度は厚労省の側から、
「どんなに重度の障害者も居宅ヘルプサービスは月に、120時間までにしな
さい。」という全く以前と正反対の指示を出しているようです

これがまかり通ると、地域で暮らす重度障害者は生きていかれません
24時間介助を必要とする障害者が数いる中、月120時間では5日使用でき
ません

わたしもホームヘルパーや介助者を入れて生活してますが、先日支援費の
調査が来てあらためて使用時間を数えてみたら、月80時間を超えていました
それも家事と買物と月1回の通院の介助でせいいっぱいです
これでもっと重度になって身の回りのことが出来なくなってしまったら、とても
地域で生活することがむずかしくなります
「上限設定」が通ってしまったら

月、120時間の上限ではひとり暮らしの重度障害者には「孤独死」が待って
います  また、厚労省が言うように「120時間を越える分は各自治体の
判断に委ねる。」といって、その分の国庫補助金をいっさい出さなかったら自
治体の判断で組める予算なんて、現在の税制体型から考えて独自の予算を
組める自治体なんて皆無です  このままでは、世間から障害者の姿が消
えて行きます
そこで、我々、障害者のインターネットの仲間たちが国会議員の皆様方に、
直接、FAXやメールなどを使って障害者当事者の「声」を国会議員さんに届
けようとして力の限り頑張っている次第です  できれば、皆様方にもご賛
同を頂き、皆様方のたいせつなご意見も直接、国会議員さんのところへ届けて
頂ければ、たいへんうれしく思います
どうか、よろしくお願いいたします

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834756&tid=bec32bctja

1bbcc0za4jbcna4fa4rbfa9a4a4bbdfa4aa4ha4a6a1aa&sid=1834756&mid=1&type=date&fi
rst=1

↑これはヤフーの障害者トピですが、直接デモに参加できな
くてもやれることはないかと、トピで知り合った方が作った
トピです  参考にしてください

DPI日本会議(障害者インターナショナル)-ここの情報が一番早いです

http://homepage2.nifty.com/dpi-japan

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
自由民主党の国会議員のみなさんです。

http://www.jimin.jp/jimin/50on/syu-a.html

(地元選挙区の事務所にFAXを送るのも狙い目です。 系列の地方議員
に読んで頂けるかも知れません。)

有力支持団体、日本医師会

http://www.med.or.jp/

厚生政策にお詳しいのは、この二議員です。

1.橋本龍太郎元首相

http://www2.odn.ne.jp/%7Ecap47570/hasimoto/top.html

2.小泉純一郎首相  

http://www.kantei.go.jp/  (首相官邸)

その他、厚生・医療関係にお詳しい議員です。

自民党政務調査会医療基本問題調査会

丹羽雄哉  http://www.niwayuya.com/top.shtml
武見敬三  http://www.takemi.net/

自民党政務調査会厚生労働部会

中島眞人  http://www.nakajima-mahito.com/
宮本一三  http://www.miyamoto.ne.jp/
馳  浩  http://hasenet.org/
奥谷 通  http://www.okutani.gr.jp/
浅野勝人  http://www.ipc-tokai.or.jp/~asano/index2.html
河野太郎  http://www.taro.org/
佐藤 勉  http://www.satoben.gr.jp/
棚橋泰文  HPなし
林田 彪  http://www.hayashidatakeshi.net/
宮腰光寛  http://www.miyakoshi.jp/
吉川貴盛  HPなし
阿部正俊 http://www.abe-masatoshi.org/
佐藤泰三 http://www.satotaizo.com/

舛添議員が支援費制度の問題点に付いて書かれています。

http://www.masuzoe.gr.jp/topics/byoin/2002_12_20.html

マスコミ関係です。

NHK  http://www.nhk.or.jp/

民放連加入の放送局

http://www.nab.or.jp/htm/memb/fkaiin2.html

海外メディア

http://www.yomi21.co.jp/sinbun.html

全国紙のFAX番号です。

朝日新聞:03―5540―7618
読売新聞:03―3245―1277
日経新聞:03―5255―2633
産経新聞:03―3275―8750
東京新聞:03―3472―0274

 川上裕美 ☆御気楽専業主婦生活満喫中☆ (^o^)丿
migichan.hiromi@nifty.ne.jp
      from Tokyo city
      すみれパソコンサークルのホームぺージ
      http://www.h3.dion.ne.jp/~sumirepc/

2003.1.17
おはよう。
徳さんの肉体の秘密。その③の4。
胴長短足。
また帰って来てしまった。この屈辱の告白コーナーに。
広辞苑という辞書がある。
小学生高学年位から愛用してた覚えがある。
どうせ使うなら一級品を、という有り難い親心のおかげで、華奢な腕であの分厚い辞書を引いていた。
手軽な国語辞書の存在を知ったのはだいぶ後、二の腕が発達し、重い辞書も平気で引ける様に成ってからである。
真面目に使用していた広辞苑であったが、思春期を迎えた中学生の頃はエッチな単語をさかんに引いた。そして裏切られた。
Aという言葉を引けばBを参照するように、Bを引けばAの事と記載されてる。
堂々巡りで最後まで何の事やら分からず仕舞い。大人達に裏切られた。
以来、あまり手にしなくなった広辞苑であったが、大学時代はお世話になった。
わりと自炊をしていたのだが、なにせ貧乏学生。炊飯器とかお釜が無い。手近な鍋でご飯を炊いていた。その時、鍋の蓋を裏返し、広辞苑を重しに利用させてもらった。
ちゃんと、おいしいご飯が炊けたのだから広辞苑は偉い。
それから何十年も経って、カイロプラクティックの施療を始めるようになって、また広辞苑のお世話になった。
骨盤の傾きが左右で違う場合、患者さんの後ろに立って骨盤に手を添え、片足立ちになり膝で骨盤の傾きを矯正する方法がある。
ある時、若いお嬢さんにその施術を試みようとして愕然とした。
私の足がお嬢さんの骨盤に届かないのである。
いまさら中断する訳にもいかない。とっさにかたわらの広辞苑を持って来て踏み台として使わせて頂き、事無きをえた。手ごろな本の厚さだった。
もちろん、お嬢さんには後ろを振り向かないように、しっかり注意した上での話である。
広辞苑を編纂した学者様。ゴメンナサイ。今になってそのご苦労が分かります。
でも思春期の子供が必死になって、好奇心を満たそうとしている事にもご配慮願います。

2003.1.15
おはよう。
lonelyという言葉が結構好きだ。
でも、私は寂しがりやだし、孤独な状態が好きという訳ではない。
なんか微妙な感じである。
外国語の理解不足にあいまいさを依存しているのかも知れない。
英和辞書を引けば、孤独なとか寂しいとかになってしまうので、ロンリーと書くのが適当だろう。
なに、私の勝手な判断だ。
連帯を求めて孤立を恐れず。という言葉がある。
好きな言葉だし、かっこいいが、これは違う。
なにしろ私の売りは開き直ったかっこ悪さなのだから。(いっこうに買い手がつかないにしろ)
有象無象のうごめく世界にいて、その事を受け入れつつ、愛しつつ、でも何らかの事故によって宇宙の果てに放り出される宇宙飛行士のような弧絶をどこかで求めている自分がいる。

仙台で無惨な学生生活をしていた頃、深夜友人達とドライブした事があった。
私を含めた3人が車に乗り、Y君はオートバイに乗ってた。
仙台から国道4号線を(当時、東北地方に高速道路など無かった)10キロ南下すると名取という町があり、そこから太平洋まで続く真東に一直線の道がある。
十数キロの長さに及ぶ真っ直ぐな道は、田舎の海辺の土地にある。左右に田んぼ以外は何も無い。
まして深夜である。我々はまっくら闇の中にあった。
Y君のオートバイは先行して走っていた。
漆黒の闇に向かって、闇に吸い込まれる事を唯一の願いとして一直線に疾駆するY君のオートバイのテールランプが35年を経た現在も私の脳裏に焼き付いている。
これは私の好きなロンリーな絵そのものであった。
皆が精神的に苦しさを抱えていた頃の話である。
我々が向かったのは閖上(ゆりあげ)海岸という。
その我が思い入れの海岸については近々に。

2003.1.11
おはよう。
新年が明けて6日が事始め。ここ二週間ばかりはお目出とうの挨拶をし続ける。
そこで目の話。といってもコンタクトレンズの話。
私は知る人ぞ知る酔いどれ男なのでコンタクトレンズは使えない。
酔っ払った時の管理が出来そうも無いのだ。
着けっぱなしで寝ちゃうだろうし、落としたりしたらとても酔眼で探し出せるものではないだろう。
いやでもメガネを掛けてるよりしかたがない。
でも、それで良かったのかもしれない、という話。
これも患者さんから聞いた話。その患者さんは眼科医から聞いた話。
コンタクトレンズの連続使用には気をつけるように。
コンタクトレンズ着用は目に蓋をした事になり、酸素不足にあえぐ眼球は内部で毛細血管を発達させるのだそうだ。考えてみれば当然の事で、体の部分部分はそれぞれ生きるのに必死で、己の環境が少しでも悪くなればそれなりの方策を実行する。この場合酸欠状態に追い込まれた眼球が酸素を確保しようとして、けなげに毛細血管を増殖させるのだ。
しかし、この事が後々禍根を残す。
ある年齢を越すと多くの人は白内障になる。これはある種の老化でやむを得ない事なのだ。
そして現在、白内障は安定した手術法が確立していて多くの人が恩恵に浴している。
その時、コンタクトレンズ着用者の眼球内部に発達した毛細血管の存在が手術結果を悪くしている場合が多いのだそうだ。
眼球内部は透明な世界だ。曇りは禁物と言う訳だ。
特に、かなり昔から(昭和45年度改訂版の広辞苑を引いてみたら、ちゃんと記載されていたから、コンタクトの普及はかなり以前の事となる。)コンタクトを使用してた人は要注意だ。
この事は、初期からコンタクトを使用した人が白内障の手術をする様になって初めて分かり出した事だ。
最近、酸素を透過させるソフトコンタクトや使い捨てコンタクトレンズが持てはやされているが、どのコマーシャルを見ても何%を透過させるのか明言していない。程度の問題だが、いずれにしろ目に蓋をしているのだから100%というのは絶対に無い。
現在もてはやされている健康関連商品にも、現在の我々が予測できない落とし穴が在るかもしれない。自然としての人間と余りにかけ離れた健康器具は慎重に使用しなければならない。

2003.1.7
おはよう。
そして、新年明けましておめでとう。
今年こそは良い年であります様にと願うのは私だけではないだろう。
それほどに地球の明日は暗い。
皆さんは無事に新年を迎えたのだろうか。
私の年末年始はしっちゃかめっちゃかだった。
年賀状をパソコンを使って印刷してたら、突然「このプログラムは不正な処理を行ったので強制終了されます。」と宣言され機能停止。
順調に事が運んでいた時と、強制終了された時の違いが分からない。
それでも、分からないまま、今までと同じ作業を繰り返してたら、なんとか賀状印刷を終える事が出来た。(これも何故出来たのかが今もって分からない。)
一段落して2002年最後の「しりきれとんぼ」をアップデートしようとしたら、今度はプロバイダーに接続しない。
あがけばあがく程、泥沼に足を取られるようで、自分でもこれはパソコンをいじめているだけだ、と思い年末年始のパソコン作業を断念する事にした。
年頭のご挨拶が遅れたのには、この様な悲惨な事情が在ったのだ。
何故、復帰出来たのかは私の尊厳を守るためにも内緒。
本当は年始だからかっこ良く、イラクに対するブッシュの戦争について述べようと思っていたがパソコンずっこけ騒動でしらけてしまった。

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