しりきれとんぼ2002

2002.12.30
おはよう。
いよいよ、今年最後のしりきれとんぼだ。
当院の今年の十大ニュースをと思ってみたが、考えてみればこういう商売。
Aさんが亡くなった。Bさんが大手術をした。Cさんが大怪我をした。Dさんの親が倒れた。Eさんが、、、、、といった話になってしまう。
反対の趣向で、病院を渡り歩いてもらちのあかなかったFさんがなんとか回復した。Gさんは医者からあきらめなさいと言われた神経痛が治った。Hさんは、、、、、となると嫌味な自己宣伝になってしまう。
も少しひねってIさんは当院の施療が強烈で二度と来なくなった。などの事は商売上あぶなくて書ける訳がない。
だから今年の収穫を一つ書くことにする。

派手なことはしないで、外堀を埋める作業を頑張ると、本丸が崩れる場合があるという発見だ。
いわゆる五十肩の話。
いわゆるという形容詞は正式の医学書に書いてある俗称で、肩関節周囲炎が正式の名称。
教科書的には棘上筋腱の退行変性、関節周囲の関節包炎、腱の癒着、石灰化などと書かれている。教科書として書かれている訳だから、そのように覚え込むようにしていたがどうも腑に落ちない。
これらの原因では、それが数ヶ月かかるにしろ、放置すればいずれ症状が無くなる事の説明が出来ない。
そんな思いでいた処、患者さんのTさんから、新聞にこんな記事が載ってましたよ。とコピーを渡された。Tさんの五十肩をなんとなく自信無げに説明する私にごうを煮やしていたのかもしれない。
その記事には五十肩とは、腱板と三角筋の老化のスピードの違いによる、と書いてあった。
それなら納得が出来る。
いままで肩を管理する神経や姿勢のせいだけにしていたが間違っていたようだ。
決して無関係な方向違いの話をしてた訳ではないのだが、盲点を突かれた想いだった。
Tさんにその記事を見せられてからは、五十肩の患者さんがみえたら、その老化の話をし、直接的には肩をいじらなくなった。
患者さんはそんな風に思わないのかも知れないが、痛みの現場から遠い処の緊張を緩めたり、肩関節の運動を許される範囲でする様心掛ける様になった。
外堀だけを丹念にと思いながら。
これは成績がよろしいようで。
患者さん(切実度が最も高い人の意)から教わる事が多い。
いくら良心的な面をしてても、施術者は所詮他人事、というのが根っ子にある。
あります。すいません。今年の反省に致します。

2002.12.24
おはよう。
いや、今日だけはこんばんは。
今、一日の仕事が終って、こうして手持ちの酒をほんの少々舐めながら、一人パソコンに向かってキーを打っているが、施療室を一歩出れば今日はクリスマスイブなのだ。
子供の頃のサンタさんからのプレゼントを除けば、クリスマスには縁の無い私だ。
だが、しかし、そんな私がクリスマスにどうしても聞きたい曲がある。
甲斐バンドの『かりそめのスウィング』だ。
学生時代、昼夜逆転の生活をしてた頃、ラジオの深夜放送から流れてきた歌詞の断片が私を撃った。
「ジングルベルに街が浮き足立った夜 人の声と車の音が飛び交っている ニュースは不況を謳い 街には人が溢れた」 「生きて来た空しさを吐き出すように 二人飛ぶように踊り狂った」 「厚い化粧の下 荒れた肌にも 過ぎてきた月日がよく解る」 こんな歌詞たちにやられた。
曲のアレンジにもやられちまって、この伴奏しかないと感じさせるバイオリンをギーコギーコやられると、単純な当時の私は、安い、暗い、小さな下宿部屋でメロメロになってしまったのだ。
そして、問題なのは、当時の感受性と現在のそれがさほど変わっていない事なのだ。

2002.12.21
おはよう。
今日は柄にも無く文芸について。
私の嘘をあばいてくれる人。
それはすぐれた(私)小説家。
()をつけたのは、私小説の定義が私の中で確立していないからだ。
本格的推理小説(これは知的遊戯)を除けば、世にある小説はすべて私小説だと現在の私は思っている。それを評価する基準は、読む者をどれだけ震撼させるか、揺さぶるか、だけだ。
本当の苦しみとか、屈辱、恥辱というものを、人はなかなか人前に出せない。
私のようにへなちょこ、裏返しダンディズムを生きるテクニックにしている者にはなおさらだ。
だからこそ、すぐれた(私)小説を求めて止まない。
でも、最近、そんな小説の構図が壊されている感がする。
エンターテイメントを目指してか、己の売りを追求して、最後は己を捨てて、最後のメッセージさえ捨てての小説が多いように思う。
そんな中で、最近出くわした唯一の例外は、車谷長吉。
「贋世捨人」
読んだ後しばらくボーッとしてしまった。
己の醜さが露出して、嘘っぱちの自分がやり玉にあげられる。
もちろん、作品に不満が無い訳ではない。
たまに真人間面した車谷が登場してくるとがっかりしてしまう。
悪が抜けて、灰汁(あく)が滲み出てくる。
障害者が登場するくだりだ。「障害」の問題は手ごわい。
あれも偽善。これも偽善。

2002.12.18
おはよう。
一般に、ただより高いものは無し、とよく云うが、さにあらず。
35年前の話だが。(私の話は賞味期限を過ぎている事が多いのでご承知置き下され。)
東北本線、上野発青森行きの列車に乗った時の事だ。(当時広島に住んでいた私は親元からなるべく遠い処と思って仙台にある大学を選んだのだった。すぐにズッコケてしまいましたが。)
座席に座ってしばらくすると、『一日一升の水』と書いたのぼりを持ったおっさんが車両に入って来て、突然演説をしだした。細かい話の内容はすっかり忘れてしまったが。
「私は水によって命を救われた。大病(それが何であったかを忘れているのだから情けない。)をわずらった私は病院を渡り歩き、多くの高名な医者の診断を受け様々な治療法を試みた。怪しげな民間療法にも身を委ねてみたが何をやっても病状は改善しなっかた。絶望の淵にあった私を救ってくれたのは一日一升の水でした。皆さんも信じないように当時の私も信じられなかった。しかし、今まで何をやっても駄目だった私は、別に何の負担がある訳じゃなし、水一升を毎日飲んでみた。何の期待も無しに。一ヶ月、二ヶ月していくうちに私は驚いた。症状が改善していくのだ。半年経って私はすっかり健康を取り戻した。皆さん、信じ難い話でしょうが、私が生きた証人です。どうか毎日水を一升飲んでください。」
こんな趣旨の事を演説し終えて、彼は次ぎの車両に移って行った。
私は彼の事をほんまもんと思った。
絶対に安全な健康法選びは、その健康法によって利益を受ける人が本人以外にいない、を目安にすると良い。(家族の不安が解消するとか、ご本人のイライラが無くなって人間関係がスムーズにいき周りの人間がホッとする。というのはまた別の話。)

2002.12.14
おはよう。
世の中、失速状態が長く続き、私の周りも不景気な話が多い。
しかし不況不況と云いながらも、まあまあの生活水準で生活している人が多い今の日本人にとって、健康問題は大きな関心の的だ。高齢化社会の到来もあって、お昼のワイドショウなどでも健康談議は花盛り。
当然、健康グッズも大流行。
なかには大げさな機械仕掛けで体の運動を手助けするものまである。さっさと自分で動かせば済むものを、わざわざ機械に己をはめ込んで運動してもらうのだそうだ。
別に何を売ろうと勝手だが、異常に値が張るのが不満でしょうがない。
コマーシャルに流している殺し文句のように本当に体に良いと自信があるのなら、薄利多売を志して儲けて欲しい。大丈夫。健康オタクは多いのだから。

2002.12.10
おはよう。
院長の反省。その②
新宿カイロプラクティック院という名称である。
謙虚な人(自己申告)であるはずの徳さんの施療院の名前としては、なんと大げさな物言いだといぶかしく思う人も多いと思う。
最近は慣れてしまったが、最初の頃は、電話で新宿カイロですと答えるのがこっ恥ずしく、居心地が悪かった。
施療院の名前を考える時、一番最初に想い付いたのは「御苑カイロ」というものだった。
新宿御苑の傍にあり、最寄駅も新宿御苑前駅だからだ。(あらかじめ先輩諸氏から、徳義カイロなどという個人名を付けるのは絶対に止める様言われていた。なにか事故があった時に個人名で烙印を押されてしまい、後々の営業が出来なくなると脅されていた。)
しかし、「御苑カイロ」という命名には友人の強烈な反対があった。
御苑とカタカナ3文字の組み合わせはダメだと主張するのだ。
わけが分からないので聞くと、その組み合わせは下品なイメージが強すぎてお前のような客商売をする時には絶対に使用してはならないと言う。なぜなら。
友人の家の近く、多摩川沿いに(当時、彼は府中市に住んでいた。)ホテル御苑というラブホテルがあり(院長は確認しに行った。)友人が愛してやまなかった新宿ゴールデン街に通う途中にトルコ御苑というのがあり(これも院長は確認しに行った。)彼にとってカタカナ3文字と御苑の掛け算は卑猥と成ってしまうのだった。
二番目の候補は、昔の町名を採って「花園カイロ」であったが、これは院長である徳義公明の肉体と精神を考えると似つかわしくない事おびただしい。私の全細胞は「花園」から限りなく遠い。
「一丁目カイロ」も親近感があって良いかなと一瞬考えたが、なんだか情けないし、何処の一丁目か分からない。
ええい。いっそ名前だけ大げさにと、「新宿カイロ」となった。
別に間違いではないが、その与える印象と現実の貧弱な施療室にはギャップがありすぎ、こりゃ詐欺だと訴えられても反論出来ない。
18年経った今、院長は「御苑カイロ」でも「徳義カイロ」でも良かったとにと反省している。
院長は上品な人間ではないし、一人でやっているから全ての責任は院長がとる訳だから。

2002.12.7
おはよう。
このところ、わが身の肉体的欠陥を吐露するというバカな行為に出て、ずっぽり泥沼にはまってしまった。少し反省をしている。でも、これからもまだまだ続くぞ。
さて、反省ついでに、新宿カイロプラクティック院の院長としての(一人でやっているのだからして院長もクソも無い。めったにしない掃除から、ゴミの選別までやらねばならぬ)反省を。
院長は施療院の開業場所を間違ったと思っている。
新宿と四谷の中間に位置するこの地域は、新宿に近いにも関わらずいささか鄙(ひな)びている。一昔前はしもた屋が並び、それなりの風情をかもし出していた。道端には縁台が置かれ、夏などはステテコ姿のオヤッサンがうちわ片手に道行くご近所さんに声を掛けたりしてた。
まあ、わりと私好みの街だった。
それが例のバブルという奴の直撃を受けて、商店街は虫食い状態と成り、可愛げの無いビルが林立し出し、生活関係の商店はすっかり少なくなってしまった。中途半端な商店街と中途半端なビジネス街のカクテル状態が現在のこの地域の姿だ。けして営業に適した場所とは云えない。
まあ以上の事は、最寄駅の新宿御苑前駅の昇降客がかなり多い事を考えると、院長の営業努力を放棄したような態度に責があるとも云えよう。
しかし、この施療院が入っているマンションの規約は痛い。
1.2階以外は宣伝の看板も、その類も出来ないことに成っている。3階以上は一応居住空間と見なしているからだ。実体は小さな事務所がほとんどなのに。
いくら口コミの世界だといっても、ここに私が存在してるんだぞ、という存在主張ぐらいさせてもらいたいものだ。

2002・12.4
おはよう。
徳さんの肉体の秘密。その③の3
胴長短足。
そう言えば胴長の事にはまだ触れてなかった。
短足だからして当然胴長だ。悪いか?
悪い。
胴長と短足は連動してるが、別のものだ。
連動しているというのは、ある時、私よりずっと若い女友達と電車に乗った。身長は私とほぼ同じ。座席が空いたので二人して座った。すると今まで同じ高さで話していた相手の顔が、急にガクンと下がってしまった。ふと脚の方を見やると二人の膝の高さがまるで違う。急に口数の少なくなった徳さんでした。
別のものだというのは、短足は人様に迷惑をかけないが(一人で勝手に悩んでいればいい)胴長というのは公共の秩序を乱す社会的な悪だ。
先日、自動車運転免許の更新に行ったら法律が変っていて2時間の講習を受けさせられた。ささいな違反をとがめられての結果だ。そのうち40分ほどビデオを見せられた。階段状の教室ではあったが、私の後ろの人は見にくかったに違いない。カイロプラクティックの教えを忠実に守ろうとして、座高どうりの自分を保持していたのだから。
これからも映画館などでも迷惑をかけ続けるだろうが、許してやってほしい。
徳さんに悪気は無いのだから。

2002.11.29
おはよう。
徳さんの肉体の秘密。その③の2
やはり胴長短足の話となると一回では済まない。
話は尽きないという奴だ。なんだか情けなくなって来るが、行きがかり上しょうがない。
忌まわしい思い出があり、そしてやっぱり忌まわしい現在がある。
高校生の頃、ラッパズボンというのが流行った。
もう、お分かりでしょう。情けなや、情けなや。
エルビス・プレスリーがはいていて、当時の男の格好良さを決める時の必需品だった。
当然私も買い求めた。そのままはけば松の廊下になってしまうので、私の足の長さに切ってもらうと、肝心のラッパ部分がすべて無くなり、ただのストレートズボンになってしまった。
看板には偽りは無かった訳だが、店員さんも一言忠告してくれてもよかった。
もっとも、その時忠告されたらされたで、余計傷ついていたんだろうな。
その頃から、人生のオイシイ部分は私には関係無いんだと、自らを説得するようになったんだとさ。

似たような話は現在に及ぶ。
最近の大型スーパーなどでは、様々なサイズ(ズボンの場合はウェストと股下の長さ)の組み合わせが用意されている。買ってすぐはける。をキャッチフレーズにしてて、なかなかの営業努力である。
ほめてやらねばならぬ。
だが、しかし。
せっかくの営業努力によるサービスも、私の足の短さには想像が及ばなかったらしい。
私にあうサイズが無い。
中高年を迎えてウェストが太くなったためか、私の腹と足のバランスがこの世に在ってはならない物と無言の宣告をされた訳だ。
50代の半ばを迎える現在の私は、胴長短足というつまらぬ事にやっぱり悩んでいるのであった。

2002.11.26
徳さんの肉体の秘密。その③
胴長。短足。(たんそくとキーボードを打って変換しても短い足は出てこなっかた。差別用語の自粛もここまで来ると嫌味にしか思えない。)
さて胴長短足。これは秘密じゃないよな。一目瞭然。
50代の半ばを迎える現在の私はこんな事に悩みはしないが、不便を感じる時がある。
電車の中で本を読む時、カバンを膝の上に乗せ、その上に本を置いて読めば楽なんだろうが、事実そうしてる人は多く見かける、同じ事を私がしようとすると、膝の位置が低すぎて本は希望とは逆の傾きにセットされてしまう。通勤時ぐらいにしか本を読むチャンスの無い私にとって、最も楽な姿勢で本が読めない。他人(ひと)が享受している快楽を私は味わえない。これはハンディである。(金正日も通勤の時、楽に本を読もうとして上げ底の靴を履くようになったに違いない。)
若い頃は今とは違って足の短いことを結構気にしていた。
どんな時に気になるかと云えば、ソファーに座った時が一番気になった。
背もたれを利用してちゃんと座ろうとすると足が床に着かず、空中でブラブラしてしまう。みっとも無いったらありゃしない。
しょうがないから足を組んで誤魔化すか、浅く腰掛けて背中を丸めて座ることになる。これは日頃カイロプラクティックの先生として、患者さんにやってはいけないとお説教している禁止事項である。
教訓。短足は短足のまま過ごせ。へたに悪あがきするな。

2002.11.22
おはよう。
薬について。その⑦
25年前、東京郊外のとある重度身体障害者授産施設に就職した。
福祉の心というより、身勝手な私の心の事情で。
いろんな人がいたが、命がけで薬を飲んでいる人が二人いた。
YさんとH君。二人とも重度の脳性麻痺で車椅子を利用してた。アテトーゼといって自分の意志とは関係無しに筋肉が緊張したり、不随運動が勝手におきてしまうのに二人ともてこずっていた。
Yさんは就寝時、仰向けに寝ると両足が腰の所を支点として90度に持ち上がって、硬直した足が天井を向いてしまい、とても寝れる状態にほど遠い。H君は勝手に腕が動いてしまい作業もままならない。(授産施設でH君は色鉛筆を一本一本ケースに入れる仕事をしていた)
二人が選んだ道はセルシンという緊張を和らげる薬を許容量を越えて服用する事だった。許容量を超えなければならない程に緊張が強かった。
「この緊張の辛さが少しでも和らぐなら、命が多少短くなっても構わない。」二人して同じ事を言っていた。
現在高齢になったYさんは、あちこちの体の不調を訴えながらもご健在であるが、H君は30代半ばにして熱射病に罹り(これにも事情あり)最後は肝臓をやられ亡くなってしまった。多量の薬の服用は当然肝臓に負担をかける。
薬の飲み方は難しいし、おのおのの事情のもとに、医師の指示通りに患者が飲んでいるとは限らない事をお医者様は知って欲しい。

セルシンの情報がある。セルシンを飲んでいる障害者も多いと思いリンクしようとしてサーバーに拒否された。毎度のような私のパソコン音痴のせいである。必要な方は以下のURLにアクセスして「催眠剤について知っておきたいこと」の処を覗いてみて下され。

http://hb3.seikyou.ne.jp/home/t-matsu2/index.html

2002.11.20
おはよう。
徳さんの肉体の秘密。その②
右手近位指節関節の腫脹、変形。
右手母指手根中手関節の腫脹、変形。
私のカイロプラクティック修行時代の兄弟子Kさんは通勤電車で若いおアニイさんに何度か席を譲られた事があるそうだ。Kさんの年齢から考えても、風貌から考えても有り得ぬ話である。
小柄で優しい人である。地味で謙虚で目立つ事を嫌うホンワカムードのお人柄だ。
施療にまでそんな人柄が反映して、ご老人を扱わせたら天下一品だった。
そんなKさんがこわもてのおアニイさんから席を譲られたのはなぜか。
ヒントは、おアニイさんが席を譲る時に発した言葉にある。
「押忍!」
空手の猛者と勘違いされたのだ。
Kさんの右手の親指から中指にかけての指の関節は、永年の施療行為で胼胝(たこ)がしっかりと出来あがっていて空手高段者と見なされたという訳だ。
この胼胝があるおかげで背骨を押される患者さんの苦痛も少なくて済み、施術者の指も保護される。
一方の私はというと、指の関節の胼胝は出来てはいるが、Kさんのように空手の練習生から席を譲られる程立派ではない。そのくせKさんには無い事が起きている。
母指の付け根の関節が軽い脱臼状態になっていて、変形を伴って腫れている。
これは頚椎などの矯正時に指のセットが不完全だったり、自分の指をいためる方向に回転力を加えてしまう事を繰り返しているのが原因だ。判ってはいてもやってしまう。
矯正時に痛みが走る事も度々ある。
親指を傷める施術者はヘタな証拠と、ご託宣を述べる先生方もいて、全く私は肩身が狭い。

ああ、自分で作っているHPで己の技術の未熟さを告白などしてしまって。
今後、営業活動が無事に続けられるのだろうか。

2002.11.15
おはよう。
地球温暖化について。その⑥
いつの間にか中高年に成り果てた私と同世代にとって、懐かしい唄の一つに<港町ブルース>がある。その中の一節、<港、宮古・釜石・気仙沼>
私は演歌というものを好きだとは思った事がない。
しかし、私の育った時代、どの街を歩いても性能の悪いスピーカーが演歌を流し続け、パチンコ屋に入れば音量いっぱいのコブシが聞こえていた。
これは、すり込みである。
おかげで現在に至っても、私がカラオケなどで、しゃれたシャンソン風の曲を唄おうと、ニューミュージックを(まあ、今となってはこれも懐メロには違いないが)酔いしれて唄おうと、誰も演歌以外の曲を歌っているとは思ってくれない。徳さんはなんでも演歌仕立てにしてしまう、とあきれられる。
そんな、知らぬうちにすり込まれた演歌心が下地になってか、二十歳をこえた頃、<港、宮古・釜石・気仙沼>という森進一のしゃがれ声だけを頼りにこの三つの港町を訪ねた事がある。
活況あふれた漁港が、ひなびた東北の地にあるというだけで、それはもう演歌の世界だった。

なんでこんな話を思い出したかと言えばTさんが(またしても登場してしまいました。例の患者列伝の薬関係の人です)港町、気仙沼を思い出させてくれたからなのだ。

Tさんは友人に恵まれていて(ここらが私に人柄の差を見せつける処だが)なんと気仙沼の漁業関係者と友達君している。そして毎年その季節になると秋刀魚を一箱送って貰うのだそうだ。食べきれないのでご近所にも分けるんだと。せめてなりたやご近所さんに。
なんとも羨ましい話だ。鮮度が抜群でTさんの家ではその秋刀魚をにぎり寿司にして喰らうのだそうな。私は秋刀魚を生で食したことはまだ無い。
ところが、Tさん曰く、最近送られて来る秋刀魚はいくぶん鮮度が落ちている。
いぶかしく思い友人に問い合わせてみたら、最近は三陸沖では秋刀魚が獲れなくなって北海道沖、オホーツクまで秋刀魚を追っていくようになり、気仙沼港に持ち帰った時にはどうしても鮮度が落ちてしまうとの事であった。
エルニーニョ現象で海水温が変ってしまい、秋刀魚の回遊コースが変化してしまったのだ。
Tさんの食卓に暗い影を落とした、憎っくき地球温暖化。
どうだ。世界は戦争どころじゃないだろう。

2002.11.12
おはよう。
新しいシリーズにとりかかる。
と云うことは、早くもネタ切れ状態に追い込まれている事を意味する。
タイトルは、徳さんの肉体の秘密。(そこまで身を売らねばならぬのかと言う同情の声有り。)
いつもの様にタイトルだけは仰々しいのだ。

その① 右手尺側(小指がわ)付け根の裂傷。14針も縫ったんだぞ。
男の子(私の事です)ってのは変なもので、体にケガをした所を持っていない事にコンプレックスを感じたりする。
静岡に住んでいた頃、4、5歳だったはずだが、近所の国男ちゃんに、右頬と横っ腹を竹でさされ(当時チャンバラごっこが遊びのメインだった)小さな傷を創ったが、若さの回復力で目立たなく成り、その後十数年を傷なし同然で生きて来た。
男の勲章などという、哀しいコンプレックスの裏返しの様なものを絶えず意識していた訳だ。
そして、高校二年の時、ついに憧れの目立つ、と言うより自分で充分確認出来る傷持ちになった。
怪我をして、なにかウキウキした気分になったのだから、男の子って、やっぱり変。(別に橋本治の真似をしてるんじゃないですよ)
当時、広島に住んでいて、学校帰りに途中のお好み屋に寄って、腹つなぎをして家に帰るのを下校時の日課にしていた。
広島のお好み焼きは、今でこそ有名だが(駅前のお好み村などは東京にも進出してブランド面してるが本髄はそんな処にはない。いずれ話そう。なにしろ話のネタが無いのだから)35年前は地味だが、それこそ今はやりの地域に密着したものだった。何でもないただの町内のオバさんが軒先を改造した小さな空間でお好み焼きを焼いて生活の糧の一助にしている。そんな感じだった。
ともかく、行きつけのある店で念願の傷の勲章を頂いた。
さっきも言ったように、そのお好み屋さんは土間を延長したようなものだったので、その足元は土のままデコボコしてて、用意されてる丸椅子も不安定だった。
オバさんがお好みを焼いてくれてるのを待つ間、丸椅子の後に置いてある新聞を読もうとしてバランスを崩してしまった。バランスを取り直そうとして両手を大きく振った時、ガシャンと音がしてお店の窓ガラスを割ってしまった。なにしろ、お好みを焼く大きな鉄板台を含めて三畳程の空間である。やむをえんではないか。
ふと、ガラスを割った右手を見ると、小指側の皮膚が数センチぶら下がってポタポタと血がたれている。痛くはなかったが、これで右小指が駄目になると思った。(けっこう私は大げさだ。)
幸い、歩いていける距離に外科医院があったので、右手を押さえながら駆け込んだ。
結局14針縫って(ベロのように皮膚がめくれたので縫い目が多くなった。)ぶら下がっていた皮膚は収まる所に収まった。その時、外科の技術に感心したのを覚えている。
治療が終って、再びお好み屋に戻り、残った不得手な左手で焼き上がっていたお好みを平らげた。
この場合、根性持ちとしての私が偉いのだろうか。
私にそこまでさせるお好み焼きが偉いのだろうか。

2002.11.9
おはよう。
薬について。その⑥
こうして誰に向かってでもなく「しりきれとんぼ」に好き勝手な事を書き付けてはいるものの、果たしてその反応はと、いささか不安な気持ちでいた処、Tさん(患者列伝にもご登場願ってるが、その内の誰かかは内緒にしておこう)から、10.21の新薬が旧薬を駆逐する現在の薬価制度について、その前後に起きたあれこれの情報をメールして頂いた。Tさんは某製薬会社に勤めている関係で、その筋の裏情報に詳しい。関心のある人は下記の当時の麻酔医の努力のホームページを覗いて下され。

http://www.asahi-net.or.jp/~YQ4Y-MRMT/ravona.html

今回、私は情報局からスパイを一人送り込んでいるようで、すこぶる気分がよろしい。

2002.11.6
おはよう。
今日はオジンとしてのご発言。
どうせ読んで欲しい奴は読まぬのだし。端から嫌われてもいそうだから、もっともっと嫌われてやる。
最近の若いおなご(これは廣島弁)が履いているけったいな履物は、ありゃ何じゃ。
木製のつっかけ風、ハイヒール風、サンダル風で、靴ではないのだけがはっきりしてる。
木製で足を引っ掛けているだけだから、歩道の敷石を叩いてうるさいといったらありゃしない。
中には歩き方そのものが下手糞で、片足が着地する時だけカポーン、カポーンと音を立てる奴がいる。階段の下りでよく出くわすのだが。
あ!骨盤が歪んでやがる。
とはつぶやいてみても、とてもご注意申し上げるほどの、勇気と好意を持ち合わせていない。
ああ、俺もいやみなオジンに成ったものだとも思うが、なにせ私は新宿を通勤の途中駅にしている最先端ウォッチャーなのだ。
そんな思いもあって、高いハイヒールを履いて来る患者さんの一人に、どうしても履きたいのなら、せめてハイヒールが必要な現場まで持って行くようにして、道中は日頃履き慣れた靴を履くように勧めたら「あら先生、道中がだいじなのよ。」と、一笑に付された。

2002.11.1
おはよう。
今日は少しおもむきを変えて。
そろそろ忘年会の季節だ。まあ、少し早いが、そんな話題を。
宴会芸をあなどってはいけない。
その人の歴史が詰まっている場合もあるのだから。
Yさんは現在とある外食産業の要職についていて、日本全国を、また時には中国、東南アジアを飛び回っている。そんなYさんの現在からは想像も出来ない過去が彼の宴会芸に秘められている。
私はまだ見たことは無いのだが(正直言って、見たくないとの声あり)自称、ガイコツ踊り。
腰を怪しげに揺すって股関節をカクカク鳴らすのだそうだ。(のびた靭帯はカイロプラクティックでは治らない。しかし、Yさんの例のように、のびた靭帯は特殊な使い方をすれば役に立つ。)
想像しただけで、かなり卑猥で滑稽である。
そんなYさんの特技は彼の青春時代に生まれた。
演劇青年だったYさん。
ある時、片足の人の役がつき、片足を折り曲げたままテープで固定して演技を続けたのだそうだ。
その時以来Yさんの片方の股関節は、ある角度にセットすればカタカタと不気味な音を立てるようになったのだそうだ。(なにもそこまでする事はなかろうに、と思うが、演劇関係の人は何故かファナティックである。)
いくつかの教訓が思い浮かぶ。
マイナスをプラスへ転化する事によって、宴会芸を身に付ける事が出来る。
若い時のドジは、年くってから役立つ。
カイロプラクティック士から云わせてもらえば、バカな事はするな!
(本日のしりきれとんぼは患者列伝に転載させてもらいやす。)

2002.10.29
おはよう。
薬について。その⑤
真面目な話がつづく。お許しあれ。
密かに尊敬している近所の内科医先生がいる。
なぜ密かにかといえば、私はその先生に受診した事がなく、当院の患者さん数人から聞いた話により、尊敬の念がフツフツと湧いて来たからなのだ。現在かなりご高齢で、フル回転とはいかぬ様なのが残念なところだ。
古き良き時代の(そんな時代があったかどうかは知りませぬが)町の信頼できるお医者様といった感じだ。一人一人の患者さんの話をじっくり聞き、ていねいな触診をしてくれ、その触診の結果を踏まえて判り易く説明してれる。
当然、患者さんは待たされるが、人ひとりの診断.治療に時間をかけているという納得のいく理由なので誰も文句は無い。
その先生が処方される薬を患者さんに見せてもらうと、そのどれもが、わりと古くからあるオーソドックスなものなのだ。当然安い。
某私立医科大学の薬学の講師もされているので、先生の不勉強で新薬に手を出さない、と言うことではない。
私達が処方される薬の本当の価値と位置を知りたいものだと思う。

2002.10.25
おはよう。
薬について。その④
薬の使い方にはいくつかの方法があると思う。
私の勝手な、大雑把な、思い付きの分類によれば次の様になる。
Ⅰ ドカンと一発 抗がん剤 ステロイド剤 インターフェロン 抗生物質 抗菌剤
Ⅱ 対症療法として
風邪薬 解熱鎮痛剤 精神安定剤 導眠剤 整腸剤 降圧剤 抗炎剤 抗痙攣剤 利尿剤 強心剤 血管拡張剤 抗ヒスタミン剤
Ⅲ 予防のため
ワクチン 潰瘍防止剤 花粉症予防の抗アレルギー剤
Ⅳ 徐々に効かせる
漢方薬
Ⅴ 欠けているものを補う ホルモン剤 ビタミン剤  遺伝による欠損に対しての補充(血友病等)
Ⅵ 無いのもねだり やせ薬 強壮剤 毛生え薬
Ⅶ 気休め 
精神安定剤 対症療法として出される薬の一部分

この私の分類は、正統派からみれば噴飯物なのだろうが、自分が貰っている薬がどんなものであるかを知っていれば、処方した医師の意図も分るし、自分の薬との付き合い方も工夫出来るというものだ。
ある薬は医師まかせにするべきだし、ある薬は自己管理していくようにする。
こんな事を云えば、お医者様は怒るに違いないが、お医者様も知るべきだ。(知っているのだろうが)捨てられてしまう処方された薬の膨大な量を。

2002.10.21
おはよう。
薬について。その③
毎度の事ながら私の記憶装置には愛想が尽きる。
でも、曖昧模糊としたまましゃべらせてもらう。
いつの日か、誰かが親切な訂正をしてくれる事を期待して。
二,三年前、田辺製薬がある麻酔薬の製造の中止を発表した。
その薬の薬価が余りに安く、企業として採算が取れないのが理由だ。
この発表に対し、現場の麻酔医から製造継続の強い要請があり、最終的には製造が続けられる事になった、と記憶している。
麻酔医によれば、その麻酔薬は使いやすく、薬効と安定性にすぐれ、おまけに安いという薬の三冠王だそうな。
その優れた薬が何故こんな目にあうのかといえば、現行の奇妙な薬価基準による。
新薬の薬価がやたらと高く、古い薬はそれがどんなに優れものであろうと時間の経過につれ安くなっていく。これは新薬開発に膨大な経費が掛かることによる。
そして新薬優先の考え方が幅を利かせていく。新薬を処方する方が医師の利ざやも多く、同じ様な効用があれば新薬を使用するように仕向けてある。
古くからある良い薬に罪は無い。
元は獲るぞ、という製薬会社と行政の暗黙の癒着と云われてもしかたあるまい。
ことは人の健康とか命に関わる話である。癒着などしゃしゃり出て来て欲しくない。

2002.10.16
おはよう。
地球温暖化について。その⑤
ある植木職人がこの夏、木の上でぼやいている。
なんちゅう暑さだ、くそったれ!
ここ数年の夏の暑さは尋常じゃない。
俺がずっこけて(もちろん、暑さによる熱中症も注意力低下も考えられる)高い木の上から落下して(実際彼は2回ほど落ちた経験がある)下の枝に突き刺されば、もずが枝に串刺しにする蛙のようにもがき姿勢のまま、たちどころに干からびて、おのれの四肢を突っ張らせたまま、お天道さんと対話する。
そんな絵を思い描いてしまう。
ナンマンダム、ナンマンダム。
その彼が云う。
東京では柘植(つげ)がどんどん枯れていってる。
やがて東京中の庭から柘植の木がなくなるだろう、と。
柘植の南限が北上しているのだ。
どうだ。世界は戦争どころじゃないだろう。

これら学者さんも画家さんも植木職人さんも、当院の患者さんである。
新宿の小さな施療院にも、こうして地球温暖化が侵攻している。
どうだ。やっぱり世界は戦争どころじゃないだろう。

2002.10.11
おはよう。
地球温暖化について。その④
ある画家が北極海に飛んだ。
くそ!俺も行きたいぜ、北極海へ。
こちらは、ちと可能性ありの、無骨な気のいい大男とご同伴で。
ただし、金銭的に無理だとの声あり….
その画家はおん歳70を過ぎている。
永年、山を愛し、山を好んで描いている。
山岳画家と言うべきか。
日本の山々を網羅した後、世界へ進出。
その一環として十年前、北極海の氷山を描き上げた。
多くの画家は同じテーマで何十枚も同じ様な絵を描くのが常だ。
より完成度の高い作品を求めるからだ。
我が老画家もエネルギーを蓄えて再度(この場合十年後)同じ氷山を描こうとして北極海におもむいた。十年間執念を燃やし続けた訳だ。
そして、彼は10年振りにその氷山と再会した。
いや、かつての氷山の幻にしか会えなかった。
そこには、かつてそびえ立っていた氷山の威容は跡形も無く消えていた。
どうだ。世界は戦争どころじゃないだろう。

2002.10.7
おはよう。
ここで時事速報を。
速報であるにもかかわらず時間に多少のズレがあるのは、例のごとしの私奴でござる故お許しを請う。
先日10月1日、日本列島を戦後最大級の台風が襲った。
かつて無い程超ド級なのに、かつて無く足早だったので、個々の被害者に目をつぶれば(こういう作業はマスコミもよくやる手で許される事ではないが)比較的印象の薄い台風となった。
しかし、950ヘクトパスカルというとてつもない低気圧と、たった1日半で日本列島を駆け抜けるそのスピードのおかげで、新たな発見をした人がいる。
「徳さん、今回の台風は近づいてくるのと遠ざかるのが自分の体ではっきりと分ったよ。腰の痛みが刻々と変化して面白かった。」(新宿カイロには先生と呼ばずに、徳さんという患者さんがおおぜいいる。私としてはちょっと誇らしい。)
野生動物は気象の変化をすばやくキャッチして身の安全を図っている。
彼の動物としての能力はまだまだ捨てたものじゃないということだ。
台風が遠ざかるにつれて腰の痛みがだんだん退いていく感覚は、体の不思議に触れる奇妙な快感だったのじゃないかと彼をうらやんだ私でした。

2002.10.5
おはよう。
地球温暖化について。その③
ある学者がモルディブに飛んだ。
そう、あのインド洋上に浮かぶ楽園に。
真珠の首飾りと呼ばれる、1000以上のサンゴ礁で成り立つ国に。
くそっ!俺も行きたいぜ、モルディブへ。
不可能だろうが、かわい子ちゃんをご同伴で。
でも、その言語学者さんは、バカンスでもなかったし、ましてやハネムーンでもなかった。
まあ、水着ぐらい持って行っただろうが。
まっとうな仕事で行った。
やがて水没するモルディブ語の採集に。
地球温暖化がこのまま進めば、平均標高1,2メーターしかないモルディブは数年後に水没してしまう。国土を失った住民は周辺諸国に逃げるにしろ、自分達の文化の基盤となる言葉はやがてなくなる。
どうだ。世界は戦争どころじゃないだろう。

2002.10.2
おはよう。
地球温暖化について。その②
今年の夏の暑さにはまいっちゃった人は多いでしょう。
記憶が鮮明な今年だけでなく、本当は何年も何十年も前から地球は狂ってるのに、(私が子供の頃の夏の暑さと、ここ十数年の暑さとはものが違うのだ。)去年と一昨年………をはっきりと思い出せないから、私を含めて今年だけを語るけど。
そんな時、学者さんが過去の統計というものを出してくれる。そして未来を予測してくれるはずである。
きっと、心ある学者先生達は声を荒げて叫んでいるに違いない。
もう手遅れに近い状況だ!と。
けど、マスコミが良識ぶって特集を組む以外に(そんな時、採用される人物はマスコミの篩(ふるい)にかけられている事を自覚すべきだ)我々に悲痛な学者先生の顔をお目文字する事は無い。
おい、学者。学問、研究も大事だが、閉鎖回路の中を右往左往してるだけじゃ駄目だぜ。
世間に公表しろ。
少しは庶民、大衆にサービスしろ。
ああ、そうか。
学者だけに情報の流通を依頼するのは卑怯か。

2002.9.30
おはよう。
私のような仕事をしてて、施療以外に注意しなければならない事が2つある。
宗教と政治の話をしないことだ。
一応は守っている。明日もまた生活しなければならないからだ。
でも、このコーナーは何でもありを宣言している。
でも、しかし、世たけざるを得なかった人生を経た私は、それでも恐る恐るなのだ。
だから、まずは万人受けするあたりから話してみよう。
地球温暖化について。
これならいいだろう。
(つづく)

2002.9.27
おはよう。
枕について。その④
不良カイロプラクティック士の例を参考にしてもとも思うが、私は枕をかたわらに置いて寝ている。
枕は、少し量を減らしたソバ殻のものだ。
量を減らしている理由は、ある程度、形を変えれるからだ。
あお向けでは必要ない枕も、横寝をする時、頭の側面と肩との落差が出来るため、その空間を埋めるためだ。
慣れてくると、半ば無意識に頭に当てたりはずしたり出来る。
私のそんな枕探しの寝姿を、優しく観察してくれる人とていないが、いたとしたら、さぞかしその奇妙なうごめきに笑い出すだろう。

2002.9.24
おはよう。
枕について。その③
何回か前に健康器具について述べているうちに思い出した。
患者さんの中で、枕富豪はMさんだ。
(枕を売って大儲けしたといった話ではない。)
Mさんの所有している枕の数は13個だ。
別に布団の上に13個の枕をずらっーと並べてご就寝あそばしている訳ではなかろう。
一個ごと、これぞと惚れ込んで、もしくは惚れ込まされて(ここらが私の嫌味なところ)購入して、しばらくして押入れの奥深く安置されることを繰り返して、結局13個の枕持ちになったということだろう。
一つ一つの枕に利点があり、それでもなお物足りぬ処があると言う事なのだろう。
Mさんの性格もある。
無い物ねだりのところがあるかもしれない。
しかし、云えることは、枕をして寝る動物は人間以外にはいないと云うことだ。
枕無しに寝れないというのは動物としての敗北かもしれない。

2002.9.20
おはよう。
薬について。その②
いまやタレントとして、そのキャラクターをウリにしているKONISHIKIさん(野暮な相撲協会のお蔭で小錦とは名乗れんのじゃ)に聞きたい事がある。
KONISHIKIさんが風邪を引いた時、医者に処方される薬の匙加減はいか程なのだろうか。
普通の大人一人前で充分効き目が有るのだろうか。誰か知っていたら教えて欲しい。
というのも、患者さんの中に体重30kgを切る人がいて、ある訴えで病院に行くと、ちゃんと一人前のコースを処方されて、ほとんど毎回と言っていいほど、副作用の余りの強さに驚いてしまい一回で薬の服用を止めてしまう事を繰り返しているからなのだ。
その時、体力や体重に合わせて、正比例ではないにしろ、程よく塩梅されていたなら、じっくり、薬とも付き合えたかもしれない、と思ってしまうからなのだ。

2002.9.18
おはよう。
薬について。その① 今回は導入部。
現代医療の特徴として云われる事に、分野の専門化、細分化が云われる。
そのお蔭で恩恵を受ける人も、弊害に泣く人もあるように思う。
高度な医療技術を身につける為には、ある限られた分野での専門化を目指す他ない。人間の能力には限りがある。
私はある分野では大家だが、他の方面では医師国家試験時の知見をさほど出ない先生諸氏も多いのではないか。
ある一つの症状を訴えて総合病院を訪ね、病院中をたらい回しさせられた経験を持つ人は多いと思う。医師自らが己を限定しているのだ。
本来、総合的に人間観察をしなければならぬ医道とは逆行している。
医聖ヒポクラテスの姿勢は牧歌的という訳だ。
だけど、今回云いたいことは、薬の服用を細分化して欲しいということだ。
最低限、その人の体格や体力を配慮して欲しい。

2002.9.13
おはよう。
健康おたくを極限化したような施療の達人先生がいる。
患者さんの体から情報を聞き取るために、己を極限まで鍛え上げる感のあるそんな先生を、もちろん私は尊敬している。
だが、しかし、だけれども、だって、私は、ともかくたいした人間じゃないのだ。
そのくせ、自分に愛想を尽かしながらこっそり自分を愛しているという、何ともみっともない人間なのだ。
そんな人間が他人様を施療して良いのか、などと深く考え込まない処にも、私のみっともなさが顕れている。
そして、こんなふざけた人間も多かろうと思っている。
人は気負いだけで病気になる。
ねばならぬ思考は、交感神経を興奮させる訳だが、いつもいつも、そんな頑張りが役に立つとは思えない。
最近の私の信条は、抜け抜け力み、力をぬけ。5,60点の出来で良いのだ。である。
世に、ぐうたら教というのがあれば、私は即座に入信する。

2002.9.9
おはよう。
前回の続きです。
私のオヤジ殿もごたぶんに漏れず、家にはその手の健康器具の残骸が数多くある。
一瞬の繁栄の後、押入れの片隅に安置されてるそれらは、真面目に使い切られることもなく、運が良ければ、かつてのぶらさがり健康器のようにハンガー掛けとして再利用されるが、大部分は、昔の電化製品のように、かさばるだけの廃品と成り下がる。
健康器具購入の際は、自分の性格と、再利用が可能かどうかを見極める必要がありそうだ。
人の手に勝るものなし、と主張したいのだが、そんな自信がある訳でもなし、、、、。

2002.9.4
おはよう。
ああ、つくづく損な商売だなあと、思う事がある。
「先生、数十万円で電動マッサージ椅子を買いましたよ。」とおっしゃる患者さんがいた。
それも一人じゃない。
(その方々の内心は、俺はこんなにも健康の事に気を配っているんだ、と云うことを私に伝えようとしているのだろうが)
うまく使い切れよな、数十万円分。とつい思ってしまう。
往々にして買う時の熱意100%。
それが使い始めの一週間位は150%にヒートアップして、以後、2,30%に急速にトーンダウンする事が目に見えている。
健康器具産業がいつの日も繁栄している事情がこんな所に垣間見える。

2002.8.30
おはよう。
前々回、枕の話の中で、良い方向に、という言葉を使った。
若干後めたいので、その出自を説明する。
小学生の時、夏休みの課題とかで、日本史を絵年表にした事がある。歴史の学習書の絵を色鉛筆で丸写ししただけのチンケな代物だったけど、当時のご本人は大真面目で取り組んでいた記憶がある。
その時想った事がある。
永い永い歴史の中で自分は余りにも小さい。今描いている絵の一点の永さにもなっていない。
自分がどんな人間であれ歴史を変えることは出来ない。
じゃ、何が出来るか。
自分が良かれと思う方向を守るだけだ。自分の色を塗りたくるだけだ。
ついつい、良い方向という言葉に過剰反応してしまう私でした。

2002.8.28
おはよう。
いつも幼稚な話ばかりで申し訳ないけど、私はある日気付いたのだ。
自分はたいした人間じゃないと。
(だから、それ以前は傲慢でいやな奴だったに違いない。)
それに、もう一つはっきりしている事は、自分は現在いい年で、事故的な事も含めれば何時死んじまうか分らぬとと言う事。
この二つが反応すれば、気負いを捨てろという結論になる。
自分を飾ろうとしなくても良いのだと。
(そうは云いながら、蔭でコソコソと自分を飾り立てているのが、私の人間臭い処なのだ。)
ともかく、このコーナーでの発言は何でも在りなのだ。
私が私を許しちゃうという、何とも図々しい設定をしたのだからしかたがない。

2002.8.23
おはよう。
枕話、その②
いけない枕というのがある。
高枕である。(高枕がいけない理由はまたの機会に。)
でも、そのいけない高枕がやむを得ない場合もある。
胸椎の1~4番(襟元のした数センチのあたりと思って下され)が肩口猫背になって、各関節がガチガチになっている場合だ。
竹の根をあぶって強い曲がりをつけた感じに出来あがっているそれを、私は頑固オヤジの骨の節とよんでいる。(男女を問わずにあるのだから、これって男女差別?)
この骨の節を持っている人は、うつ伏せで首の向きを変えた時、胸椎の1~4番が首の振りに引きずられる様に左右に移動する。
そして、仰向けで寝ると、顎が極端に上がり、まるで救急救命士に気道確保された形になる。
こんな人に低い枕を急に強制すれば、それは、相手の事をおもんぱかっての、いらぬおせっかいとなり、悪影響しか期待できない事となる。
急な変化は、それが良い方針に基づくものであれ、体にとっては負担になる。
何事も本人の状況に合わせて、無理せぬ様、ただし、方向だけは間違えずにありたいものだ。

2002.8.21
おはよう。
予感したとうり、決して毎日とはいかぬようでげす。
あしからず。(これって便利な日本語)
今日のテーマは枕。その①
枕についての相談は度々受ける。
寝つきが悪い、快眠できぬ、目覚めが悪いというのは人間の基本となる欲望の一つを壊されている事になる。
快眠は正しい枕の使い方にある。
というのは、あまり賛成出来ない。
快食、快眠、快便の人は枕の事など気にしないからだ。
ただ、幸せそうに眠るだけだ。
枕が気にかかる。ということ自体が病気なのだ。

2002.8.15
おはよう。
このHPを覗いてくれた人が特殊な世界の人でなければ、この挨拶は的外れの場合が多いと思う。
深夜覗いている人もいる訳だし。
けど。
あえて、おはよう、と云おう。
この私の仕事は、芸能人に似て、人気商売的な処が多い。
あえて人気を得るために媚を売るわけでなし、
己の技量を過大に広告する訳でもない。
でも、巷間でよく云われているように、腕がいいからといって、商売としてのこの仕事が成功するとは限らない。
患者さんにとっての、ある種のウリが成立すれば、成功への道筋を確保したとなる。
こんな処が芸能人風なので、患者さんの心琴に触れるか否かが問われている。
で。現在の処、私は新宿のほんとうに場末で細々と営業している。
18年になる。
望みが低く、自分でも驚くぐらいのあきらめ派だから、何とか成立するのかなと思っている。
でも、今あえて、おはよう、と挨拶するのは、明日からは何とか芸能人風に貴方の心琴に触れる私であろうとする健気な覚悟表明なのだ。
えーと。でも、心配性だから(自分との付き合いが長いもので)あらかじめ一週間分の挨拶をしておきます。おはよう。

現在しりきれとんぼへ

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