しりきれとんぼ

2008.2.2
おはよう。
今日はショックに見舞われた日だ。
過去、3回ほどカイロの施療に見えたMさん。
構音障害と嚥下障害、握力低下を訴えて見えられていた。
彼を紹介した人が今日みえて、Mさんの病気がALSと診断されたと教えてくれた。
正式な名称を筋萎縮性側索硬化症という。
原因不明で治療法なし、筋を司る神経が次々にやられ確実に死に向かう病とされている。余命数年である。
予想はしてたが、己の無力に打ちのめされる瞬間であった。
しかし、しかしである。
放置するしかないとされていたこの病も、呼吸器の設置、意志伝達法の工夫など、少しずつではあるが対応に進歩がある。何より大事な患者さんの意志尊重がこの病の取り組みでは最優先とされる。
解決出来ないこの病への対応の暗中模索が、荒廃した現代医療に指針の一つを与えてくれている様な気がしてならない。

2008.1.19
おはよう。
随分、このしりきれとんぼをサボってしまった。特に理由が無いというのがサボった理由だ。
ともかく知らぬ顔して続けよう。
最近、身の周りにうつ病を名乗る、今風に言えばうつ病をカミングアウトする人が多い。
君も、君も、お前もか~といった感じである。
徳さんの考えは単純。
人間誰しも躁鬱の気があって、今の世であればうつ病にあらざれば人でなし。
うつ病の患者さんが厚遇されるカイロプラクテックの施療院というのは珍しいのかも知れないが、治すと言っているのでは無く、同調しているだけなので、医事法には触れないと思うがのー。

2007.11.19
おはよう。
最近、気に入ってる新技がある。
日常、動きの制限されている障害を持った患者さん向けに開発したものだ。
仰向けになってる患者さんの横に添い寝するようにして、患者さんの両足の下に徳さんの片足を差し込み、持ち上げ左右に揺するのだ。可能ならばプロペラのようにブンブンと振り回したりもする。
勿論、患者さんは経験した事の無い体の使われ方に驚いて、最初は絶叫する。いや、何度経験しても雄たけびを挙げる人もいる。
整形外科の先生が見たら慌てて止めそうな一見無茶なこの技は、やった後の爽快感を互いに分かち合える事が出来るのだ。
心配性の徳さんだからして、インフォームドコンセンサスじゃないけれど、施療の前後の確認は怠りないつもりだ。可能な人にしかやってはおらんよ。
ただ、この技、欠点があって、徳さんの短い脚では完璧には出来ない事が度々ある。
そんな時は立っている者は親でも使えの教訓に従って、付き添いの人に徳さんの足を患者さんの足の下にあてがってもらったりしてる。
この時の徳さんの屈辱感は誰も知らない。

2007.10.20
おはよう。
夢に起こされる、というのは皆さんも経験のある事だろう。
良い夢を見ることは少ない。
夢は、少なくとも徳さんの場合、己の負の部分を照らし出す。
よく見る夢にはいくつかのパターンがある。
最多はいくら努力しても目的地に着けない夢だ。ふとした事で反対方向の電車に乗ってしまう。慌てて乗り換えるが最終電車が出た後とか、乗換えを間違え、より遠方へ追いやられたりする。それは歩行の時も同じで、ともかく道に迷うのだ。おかげで見知らぬ風景に出会ったりする事もあるが、道に迷う、自分の本当の生きる目的を還暦近くなっても定かにできないという徳さんの現状を反映してるようだ。
次点は他人を論破、説得する夢だ。相手は現実味の無い学生時代の友人達が多い。己の主張を信じつつも説得しきれない徳さんを反映しているのだろう。
3位はトイレが見つからぬ夢である。したいのに出来ない。
フロイトの学説を詳しく知らないことが現在の徳さんにとっての救いである。

2007.9.22
おはよう。
あとしばらくで10月に入るというのに、なんたる暑さだ。
なのに長袖のカーデガンを羽織ってベットに横たわる患者さんがいた。
徳さん、汗だくで施療しているというのに、である。
聞いてみると、電車の冷房がきついのと、会社の冷房設定温度が気付くといつの間にか23度と桁外れに低く操作され、足腰に応えるのだそうだ。
電車の設定温度の低さは多くの人が言っている。
きっと、マニュアルがあって、臨機応変の対応が出来なくなっているのだろう。
寒がりよりも暑がりの方が気質的に主張が強いような気もする。鉄道会社内部の人間構成が男性に偏っているせいかも知れない。
満足させるより、不快感を多少少なくする、という発想に変えなければ、そして、多少の不満足に切れない人間を養わなければ。
彼女の会社の冷房設定温度の低さはもう暴力に近い。
外回りの男性社員が汗だくで部屋に入るなり設定温度をいじるのだという。一日中、部屋にいる内勤の者はたまらない。ここでも声の大きい者が自分の欲求を満たすのに何のてらいも無い。
徳さん、以前から思うのだが、会社の出入り口に1畳ぐらいの小さな部屋を設け、そこだけガンガン冷やしておく。
そこで、体の火照りを一定程度冷やし、落ち着いたところで皆さんに合流する。
クールビズなどといって、小手先の、政治的宣伝にだけ利用されるものより実効的なはずだ。

2007.9.15
おはよう。
なんか、久し振りのしりきれとんぼだ。申し訳ない。
この2ヶ月間、何があったか?
いろいろありましたよ。
この夏の猛暑で親しい知人が熱中症らしきもので亡くなったり、永年の心臓疾患と闘っていたふるくからの患者さんが亡くなったりの悲しい出来事。
一方、活発な動きもある。
患者さんである身体障害者のBさんは、自分に合った下肢の補装具を求めてリトアニアに旅立った。
何でそこまでするの?という想いはあるが、自分の足の話である。
国際福祉展示会でこれだ!という補装具に出会い、それが日本とは現在のところ取引がない外国の製品、と申し渡されたら直接交渉しかないと判断したのもうなづける。
Bさんの積極性は生来のものという見方もあるが、一個人がそこまでやらねば解決しなそうというお寒い日本の福祉行政が照らし出されてもいる。

2007.7.7
おはよう。
七夕様だ。幼い頃は大事件で、笹に短冊を吊るし、願い事を必死で書いたものだった。
あの頃、何を願っていたのだろうか?
きっと、たわいも無い事だったに違いないが、今の徳さんの願いよりは純で可愛い本性的なものだったに違いない。
さて、今回はギックリ腰の話。
名前は有名だが、はっきりとした定義がなされてないようだ。ギックリ腰というのは俗称で、急性の筋、筋膜炎。腰椎捻挫という整形外科の先生もいらっしゃるようだが何かすっきりしない。
何らかの衝撃から始まった腰痛をギックリ腰と呼ぶようだ。
徳さんの定義は簡単で、腰周りの軟部組織の怪我としている。
Tさんがよろけながら施療室に入って来た。
腰痛ベルトを剥がし、床に叩きつけるように投げ捨てて、ベットに倒れこむ。
徳さんの定義は怪我だから、こりゃあ、生易しくないぞ!と心した。
同じ怪我でもこれは重症さん。患部は真っ赤かに腫れ上がってるに違いない。
整形外科で痛み止めの注射を打ってもらったが効果が無かったようだ。
あれこれTさんの体を動かしてみると、幸いTさんの痛みは限られた角度でだけ発生するようだ。
だますようにして、軽い矯正は出来た。環境だけは整えました、というところだ。
あとは、Tさんの治癒能力にすがるしかない。
よろけるようにして施療にみえ、よろけるようにして帰られた。
一日置いてみえたTさんは痛みのほとんどが消え、ご機嫌の顔付きで登場された。
聞けば、この半年間に15キロも体重が増え、運動はゼロ、毎日ソファーに座りっきりの生活だったらしい。
腰痛になる事だけを願ってるような生活だったという事になる。
今回、Tさんの回復が早かったのは、肥りだす以前、かなり運動をしてたという貯金がものをいったらしい。

2007.6.23
おはよう。
徳さん、今日はちょっとびっくり。
男の更年期障害と医者から言われ、全身の痺れ感、便秘、胃痛、食欲不振、不眠、倦怠感、発熱などに悩んでいたGさん、症状がだいぶ落ち着きだした頃に、実は先生、、、と始まった。
よくあるパターンではある。
主訴が一段落すると、第二、第三の伏兵が現れてくる。
「実は先生、最近味覚音痴になってしまってるんだ。甘味だけは感じるが、すっぱいも辛いも判らない状態なんだ。ただでさえ食欲が落ちてるのに。」とおっしゃる。
味覚障害は徳さんの守備範囲を超えている。ただ、亜鉛の欠乏で味覚障害になることを思い出したので、亜鉛のサプリメントを服用するように薦めた。
そして今日。「先生、あれ治ったよ。亜鉛を飲んだ翌日あたりから味覚が戻りだしたよ。今は辛いもすっぱいも良く判るよ。」と当たり前のようにおっしゃる。
これには徳さんのほうが内心唖然。
もちろん、徳さんはプロだからして、内心の動揺を無視して、「Gさんの欠乏状態にぴったり当てはまったんでしょう。」とたいしたことじゃない振りをして平然と受け答えておいたが、、、、。
微量栄養元素、いわゆるミネラルの威力をまざまざと知った徳さんだった。

2007.6.9
おはよう。
どうしても書いてしまうパソコン愚痴。これで何度目になるのだろうか。
今回はこのホームページを作るにあたって協力してくれるはずのソフト、ホームページビルダーについて。
当初ホタルというのを使っていたのだが、製造元が吸収合併され市場から消えてしまった。
(銀行の場合もそうだが投資家の利潤追求のとばっちりを受けたわけ)
ホタルは徳さんのように文字を打つ、画像を貼る、リンクするなど単純なことしか出来ないものにとっては使い易いものだった。
かたや、ホームページビルダーは初心者をも対称にしているものの、機能が多く、特にたちが悪いのはソフト製作者がこちらの初心者振りを想定して勝手に作業をしてしまうことだ。徳さんのような非常識のんびり操作を受け付けないのだ。
たとえば、この長ったらしい”しりきれとんぼ”のコーナーは一年以上分の書き込みが、すべて一瞬のキー操作で変化してしまう。
誰もそんな事は希望していない。自分のキー操作にビクビクしなければならないなんて。
実はお隣さんの”本日の抜粋”。全部が太字に化けたり、表の切れ目が無くなったり。枠の表示が消えたり、大変だったのだ。
何も知らない徳さんがHTMLソースという、これも訳の分らん世界で一つ一つ訂正したのだった。
「あ!それはこうしたら簡単に解決しますよ。」というソフト制作者の声が耳元で聞こえるだけに腹立たしい。

2007.5.12
おはよう。
5月のゴールデンウィーク、今年は贅沢をさせてもらった。
一週間をズクでぶっ通し休みにしたのだ。
カレンダーの流れがそう誘っていた面もあるが、この所疲労の蓄積感があったためでもある。
体の発信する声に逆らわず従う事は日頃徳さんが患者さんに言ってる事だが、自分自身に適用するのは自分でも珍しい。
紺屋の白袴、灯台下暗し。とはよく言ったもので、昔から人の性情は変わらぬものらしい。
今回気付いたことは、疲れがたまっている時にいつも以上に休みを取ったり、睡眠を取ると、最初のうちは回復感より疲労感がまさるという事だ。交感神経緊張モードから脱却するにはそれなりの体に対する礼儀というか手続きが必要なようだ。
何とか一日の周期の中で、交感神経と副交感神経のバランスを取りたいものである。

さて、パソコン解体の話。
前回の写真。左はキーボードのキーの下に埋めこめられているゴム。これによってキーを打つ時の適度な反発力が着くわけだ。
二段になっている構造まで達するに長い年月が費やされたのでは?と勝手に想像した。
中央はそのキーボードの外装をはずした時点の写真。整列美を感じさせる。
右はCD操作部分の上部を剥がしたもの。中央の円形部分にベアリングがセットされ、その周囲に紙状にまで薄められた電磁コイルが収まっている。徳さんはその知恵にも感嘆したが、何よりそれらがある美しさを持っていることに驚いた。
また、パソソンを作り上げている小さな部品のそれぞれをみると、その多国籍振りに驚かされる。
MADE IN CHINA、GERMANY、MALAYSIA、KOREAといくらでもある。そして国内でもTOSHIBA製のものなのに三菱、SHARP、NEC、日立、YAMAHA製などが散見する。その良い意味での無秩序振りに驚かされた。
物のこのような交流に比べて、我ら人間の交流のお粗末さといったら、、、、。

2007.4.23
おはよう。
年末にパソコンが壊れてしまい、その腹いせでもないが、本業が暇な折を使って、その憎っくき奴を解体してみた。
一台のノートパソコンを何の知識も無いままに壊すというのは、結構骨の折れる作業であった。
さすが開発の作業に携わった人々の知恵の結晶。という感想を抱かざるを得ない。
小さな工夫がいたる所にほどこされている。
ねじ穴がそれと判らぬようにパソコンの外装と同色のテープで覆い隠されていたり、はめ込み細工の様に複雑な組み合わせで部品がとめられている。
最先端の部品が、人の裏をかくような原始的方法でセットされたりしてる。
日頃徳さんをてこづらせている超能力パソコンが、先祖代々の知恵に裏打ちされていることを知って、いささかホッとした。

この三つの画像は徳さんがとりわけ感動した部品だ。
これらについては、順次述べていくことにする。

2007.4.11
おはよう。
小さな事にこだわろうとしている。
でも、なかなかに難しい。
施療上の事かって?
それもあるし、日常生活上の事でもある。
施療上の事で言えば、患者さんの小さな変化を読解したいと願っている。
背骨という奴は正直な奴で、患者さん御本人が気付かずに通り過ぎた出来事を克明に記録してくれる。
もちろん、徳さんはストーカーでもないし、覗き趣味もたいして無いので、患者さんの背骨の変化の理由は判らない。
そこで、根掘り葉掘り、陰湿な尋問が開始される。
徳さんの性格が悪いのではない。
ただ、犯人はお前だ、御自分自身だ、という事を認識してもらうために鬼検事の役割を心ならずも演じているだけだ。
日常生活での小さなこだわりについては、後日、機会があった時に、、、、。

2007.4.7
おはよう。
親指を痛めるのは下手な施療士の証拠。
とかつて、ベテランの施術家から聞かされた事がある。
そうであれば徳さん、かなりへたくそな施療士ということになる。
ま、いいか!
現在の徳さんの親指の状況は?
というと左は中手手根間関節の脱臼、右は同じく中手手根間関節の脱臼と中手指節間関節の脱臼。
かなりなへたくそ振りである。
どうしてこんな事になるのかというと、患者さんを前にしてついついむきになってしまう、という徳さんの悲しい性が災いしてるのだ。
このやり方では指を痛めるなと判っていても、ええい、ままよ、とやってしまうのだ。
先を考えぬ刹那主義と批判される所以ではある。

2007.3.28
おはよう。
毎日、同じような施療をしてて、よくもまあ飽きないものだ、と徳さんも思うが、これには二つ訳がある。
一つは、偉そう振っていうと、徳さんのカイロの施療に同じものは一つとしてない、ということだ。(毎回、その場しのぎの苦しさ紛れの施療をしているんだろう、という影の声も聞こえはするが、この際無視、無視!)
傍から見れば同じような事をしてるように見えても、毎回患者さんの体の状態は違っている。
前回事もなげにさせてくれていた施療法がある日突然拒否される事だってまれではない。
少なくとも徳さんの施療院では、患者さんはベルトコンベアの上に乗せられた加工品ではない。
もう一つは、患者さんの個性だ。
これこそ、この世に二つとしてない代物だ。飽きるはずが無いじゃござんせんか。
もちろん、嫌な感じの患者さんがいない訳ではないけれど、患者さんと徳さんの間には体調を良くしたいと言うたった一つの利害関係しかない。複雑な人間関係など別世界のものとして排除する事が出来る。
患者さんは皆ご自身の最良部分で接してくれる。
徳さんが自分の仕事を肯定的にとらえられる所はこんなところだ。

2007.3.26
おはよう。
デシを取ることにした時、そのデシといくつか約束を取り交わした。
その一つに、毎日一つは質問をする事、というのがある。
これがお互いにとって意外と難題であったと、今頃になって反省している。
デシはネタ切れに苦悶し、師匠である徳さんはその分野を問わない突然の質問に苦し紛れの解答をする始末。
デシは当然の事ながら体のことに関しては素人である。
質問はいつも素朴なものである。しかし、素朴な疑問ほど解答が難しいのは世の常。
医学の教科書にも、デシの疑問は当たり前の前提として通り過ぎられてしまっている。
先日の質問はこうだ。
内臓には知覚神経が来てませんよねえ。
うん、そうだよ。
じゃあ、腹痛って、何故痛いんですか?
徳さんが有ること無いこと考えて何と答えたかは、不正解の恐れがあるため公表しない。

2007.3.3
おはよう。
随分のご無沙汰だった。
今頃恥ずかしい話だが新しいパソコンの不具合の中、たちの悪いウィルスに感染してしまったのだ。何人かの人たちに迷惑をかけてしまったかも知れない。皆さんの日頃のウィルス対策に期待するのみ。

元来がどケチの徳さん。フリーのウィルス対策ソフトに依存していたのが仇になったようだ。
これではいかんとウィルスセキュリティーなるソフトを購入し実行したところ、ウィルスは駆除されたが、今度はインターネットに繋がらなくなってしまった。マニュアルにはそんなことには触れられていない。どうする事もアイキャンノットの状態がしばらく続いた。幸いにして先日ホワイトナイトが現れ、今日こうしてしりきれとんぼに手を染める事が許された次第である。
その、徳さんの救世主であるホワイトナイトさんによれば、徳さんがパソコンに対してしでかしたほんの些細な行為が狂いの元だったようだ。
徳さん、ふんぞり返って言うが、パソコン音痴でも安心して使いこなせるなどの誇大広告はやめにしてくれ。
落ち込むだけだ。

2007.2.3
おはよう。
あれから一ヶ月。現在もおふくろの排尿感覚は健在のままだ。
母のここ最近の表情は明るい。
膀胱神経に関わる骨盤の蝶つがいが階段の昇り降りで上手くはまったとしか言いようが無い。
背骨の矯正、骨盤の矯正を主張するカイロプラクティックを生業とする徳さんとしては、恥ずかしい話なのかもしれない。息子の技術で解決出来なかったものが、いや、正確に言うと、解決出来るとも思わなかった事が、階段の昇り降りであっさり解決したのだ。
今年84歳になる母は、幼い頃の股関節炎が原因で、手術もし、左右の足の長さが違うまま生活し、腰椎の乱れ、骨盤の歪みは当たり前なのだ。
これをカイロプラクティック士として、部分部分を個別に矯正してもこうは成らなかったに違いない。
大事なのは、総合的な動きだったのだ。

2007.1.20
おはよう。
巷ではmixiなるものが急速にPC上を侵食している。
徳さんも知人に半ば脅迫されて参加している。
出来のいいmixi者ではない。必須の条件のマメさがほとんどゼロに近いのだ。
途切れ途切れに書く日記が精一杯である。
やっと、先日年始めの日記を書きつけたのだが、後から振り返ると、これはカイロプラクティックに関係大じゃないのかと思うことしきり。
そのまま、再掲してみる。
後の考察は次回にと言う事で。

二日の日、年老いた母を乗せ、外の空気でも吸おうかと、相模湖、津久井湖周りのドライブをした。ともかく人込みは避けたいお年頃の徳さんである。
味気ないといえば味気なかったドライブであったが、帰り道、城山町で小さな神社に出くわした。屋台も5,6軒出ている。
こりゃ、手頃で良いわいな、と立ち寄ってみた。
これが新春の我が家の大ヒット。
川尻神社は村の鎮守様然としていて、小さな小山の頂上にある。緩い階段で3×4、急な階段で10×2。
車椅子に乗った母を緩い階段の終わりまで連れて行ければおんのじと思い、緩い階段を車椅子ごと引き上げ終えた時(徳さんは多少の階段なら車椅子に人を乗っけたまま階段の上り下りが出来る)母が目の前にそびえる急な階段を車椅子を降りて自分で登ると言い出した。
幸い、階段の中央に手すりがあるので、母は横向きになってゆっくり登り遂げた。出店の香具師の人たちがかたずを飲む中。
徳さんの母は、年甲斐も無く結構おきゃんで、人に注目されるのが好きという、徳さんに言わせれば欠点を持っている、、。
階段の下りの方が怖いらしく、下で徳さんが支えても、体をブルブル震わせながら、何とか20段の階段を下り終えた。
お母さん、すごいじゃない!やれば出来るじゃない!
この時は、それだけの話。
しかし、その後のご利益がすごかった。
今年84歳になる母は、日頃、お下の管理が思うように行かなくて、悩んだり、ヒステリーを起こしたり、居直ったりしていたのだが、その日を境に、お下の失敗をしていないのだ。
お山にお参りする霊験とは、努力を自然に引き出す力なのかも知れない。

2007.1.13
おはよう。
今年はなるべく徳さんの仕事、カイロプラクティックに関係したことを書こうと思っている。

年末年始のドタバタした忙しさが一段落した今の時期、患者さんの訴えの傾向が年末と年始では様変わりしていることに気付く。
年末はその切迫した忙しさの故か、やたらと頚に激痛が走ると訴える患者さんが多かった。
また、ぎっくり腰を訴え、腰を9の字に曲げたまま、そろりそろりと足を送りながら見える患者さんも通常より多かった。
年末ごときに振り回されないでおくれと願っても、世の中の仕組みが許してくれないらしい。
人間が自分のために必要なだけ働けばいい、という当たり前のことがなかなか実現しないのが現状のようだ。
働いているのではなく、働かされているのだ。

年始の傾向は、第一に喰い過ぎ、飲み過ぎの後遺症。
これは、徳さんも同類であることだし、その心情や、良く判る。
だけど気になるのは、仕事始めに臨んでの急激な体の酷使による背部痛や頚痛である。
長期休暇によって、初めて明らかとなる、日常の過重労働の結果である。
年始という、特殊な時期でしか判らない日常の体への酷使である。

2007.1.6
おはよう。
そして、何が目出度いのか分らぬが、謹賀新年。
ともかく区切りにはなるようで、過去の不出来な自分自身への反省には役立つはずだ。

この年末、徳さんのカイロプラクティックの施術が即効しない事態に出くわした。
知り合いのお嬢さんが腰痛で動けなくなったとの報を受け駆けつけるという事があった。
20歳前後の彼女は部屋で身動きもできず伏せっていた。
腰椎の後湾が著しい。背筋の弱さは類を見ないほどである。
徳さんは知っている限りの施術を彼女の背筋の弱さを考慮に入れつつ試みてみた。
少しは改善。という徳さんの思い込み空しく、数時間後、救急車のお世話になるという結果であった。
病院では腰椎ヘルニアの診断がなされ、痛み止めの点滴を受け、三日間の入院とあいなってしまった。
この未熟者め!と自身をののしった次第である。

2006.11.22
おはよう。
ほんとうに久し振りのしりきれとんぼだ。
この間、7年間連れ添った、いとしのパソコンが完全崩壊してしまったのだ。
現在復旧作業に追われて大変なのだが、その崩壊過程自体は見ていて迫力満点のちょっとしたアクションドラマであった。
今にして思えば、爆弾は数年前に仕掛けられていたのだ。
98から2000にバージョンアップした際に周辺機器を接続したまま作業してしまったのらしい。
そのまま平穏に暮らしていたので、そんな記憶も無いのだが。他に考えられない。
そして、一つの周辺機器が故障し、修復しようとして、あがけばあがくほどに泥沼に嵌っていってしまった。
徳さんの悪あがきの人生をなぞるように、、、、。

2006.10.14
おはよう。
医者の不養生。
という言葉があるが、カイロプラクティック士の不養生というのもあるらしい。
大方の先生方は真面目に健康管理に気を配っていらっしゃるのだろうが、徳さんの場合、どうもいかんです。
酒煙草のうえに不規則な生活時間。おまけに患者さんに薦めてる体操や運動も本人はからっきし。
なまじっか、理屈を多少知っているだけに、親切な隣人の忠告にも俺は低空飛行で行くんだ、とうそぶいているていたらく。
いいかげんへたばり気味の肉体情況のところへ、今回、労災めいて背筋を傷めてしまった。
特に起床時は患者さんには見せられない。簡単には起き上がれない。芋虫の悶えをひとしきりしたあとでないと身動きが取れない。
どうしてこんな風になったのか。
眩暈を訴えるKさんは、仰向け以外の姿勢を許してくれない。仰向けのまま全ての施療をしようとする。
出来る事を探しているうちに、Kさんの太ももを持ち上げ左右上下にKさんの体を揺さぶるとKさんの表情が緩むのを発見した。
これが眩暈に良いかどうかは分からないが、身体障害者であるKさんの運動不足には役立つはずだ。
以来、Kさんが見えるたびにこの運動をやるようにしている。
これが徳さんにはこたえたようだ。
普段使わぬ筋肉を酷使したことになり、背筋を傷めてしまった。
日頃の肉体管理の思い知らされた。どうすべい。
そうだ。この危険な作業はデシにやらそう。

2006.10.4
おはよう。
懐かしいものを見つけた。
先日、青梅市までぶらりと出かけた折見つけたものだ。
正式な名前は知らない。
ご幼少の頃、徳さんは体が弱く、1週間に1度は熱を出していた。そんな時、いつもこの道具のお世話になった記憶がある。
左の筒の先から暖かい蒸気が噴出し、その前に正座して口を開け、のどの奥に当てるのである。
原始的な方法である。しかし効果は絶大なものがあったと記憶している。
ウィルスが乾燥を好み、湿気に弱いなどという最近の知識など無い時代の事である。
経験論の偉大なところだ。
暖かい蒸気を噴霧させるこの道具の現代版が見受けられないのは残念。
これが置いてあったのは青梅駅前通りにある昭和レトロ館。
このレトロ館に陳列されているもののほとんどを知っているか、使用した事のあるものである。というのは徳さんがいかに過去の生き物となっているかの証明でもある。

2006.9.25
おはよう。
就寝中見る夢をもって、その人の深層心理を読み解こうという精神科の一流派があると聞いている。余計なお世話である。自分で見る夢は、秘中の秘である。
徳さんは自分が見る夢の中で、日常の自分を束縛している様々な事情から解き放たれて、枕に涎を垂らしながら、抑制から解き放たれた自分が何者なのかを知ることがたまにある。もちろん、普段見る夢のほとんどは、道に迷う夢だったり、トイレを探しているのにいくらうろついてもトイレを発見できないなどという、情けないものが多いのだが、昨夜見た夢は格別。
でも、秘中の秘だから教えない。
なかなかに色っぽかった事だけをお伝えしておこう。

2006.9.13
おはよう。
人間の体は摩訶不思議で、患者さんの訴える症状には一瞬虚を突かれるものもある。
もちろん、徳さんの未熟がそう感じさせるものも多かろうが、様々な大病院で検査してもらったが諸検査では異常が見つからず、症状だけはしっかり存在してて対症療法だけでお茶を濁されたと不満を述べる患者さんは決して少数ではない。

背骨に沿って熱感を訴えるHさんは最近の徳さんの課題である。
あまり聞いた事の無い症状だ。
脳性麻痺のHさんは普通だったらありえない筋肉の緊張(収縮)が背骨に沿っても強くあり、筋肉、筋膜の慢性化した炎症が考えられなくも無いが、Hさんと同じような身体状況の人が背骨に沿った熱感を訴えてる訳でもない。
現在、Hさんと一緒に究明中である。

2006.8.28
おはよう。
すっかりくつろいでしまった今年の夏休み。徹底的にぐうたらしてしまった。
そのぐうたら振りが延長してしまい、「しりきれとんぼ」更新が今日になってしまった。いかん、いかん。
さて、左の写真。
これを一目見て分かる人は**の世界のベテランだけだろう。
これは患者Bさんの左右の靴先の写真である。
見事に磨り減っている。
右側の靴はこの写真では分かりにくいが金属が剥き出しになっている。
左側の靴の黒灰色に見える外周は自転車のタイヤを補強してもらったものだ。これは新しい補装靴を下ろして2ヶ月目の状態であるとの事。
脳性麻痺(CP)のBさんは足首を持ち上げるのが難しく、松葉杖で歩く時どうしても足先を引きずってしまう。
現在の制度のもとでは補装靴の支給申請は年間1足。Bさんは余りに靴の消耗がひどいので行政に交渉して年間2足に増やしてもらったそうだが、あと4カ月たったらこの靴はどんな状態になっているのだろう。
この靴を見て徳さんが思ったのは、貧困な福祉行政にあきれたうえで、靴先をカートリッジにしたらどうかという提案である。1足7,8万円はするだろう補装靴、年間二足の支給より靴先12個のカートリッジ交換のほうが経済的だしBさんも快適なはずだ。
本当に必要な部分に対して智恵を絞った過不足ないケアーを。

2006.8.12
おはよう。
明後日から3日間のお盆休みに入る。
例年だと一週間ぶっ通しの休暇を取るのだが、今年は一週間のブランクを許してくれない患者さんがいて、短い休みとなった。
患者想いと思いきや、そこはちゃっかり者の徳さん、休暇を分散して取ると称して、もうすでに二日間のずる休みを決行してたのである。
考えてみればこの二十年間、休みを返上した事も無ければ、昼食を一回とも犠牲にした事は無い。
怠け者、食いしん坊のレッテルを、まるで大事な勲章のように大事にしている徳さんでありまする。

2006.7.26
おはよう。
隙間産業というのがあるが、時々、カイロプラクティックというのはまさにそれであるな、と思ってしまう事がある。
別に徳さん自身は目の色変えて隙間を狙っているのではないのだが、、、、。
Dさんが施療にみえた。訴えは右上半身の様々な異常である。痛みだったり、痺れだったり、感覚異常だったりだ。典型的な椎骨動脈血行不全症(バレー・リュウー症候群)である。首のセットが悪いのだ。
DさんはK大学医学部で最先端の検査を受けたのだが、そこで脳に異常は無いと判断され、その後のしかるべき治療は無かったとおっしゃる。
大病院は症状を重大な病気からチェックする。
徳さん達は簡単な体の出来事をまずもってチェックする。
何時も思う事だが、大病院は、患者さんの症状に段階を追って丁寧に対応していない。
手術などを必要としない段階の患者さんに対しては意外と薄情なのだ。

2006.7.19
おはよう。
先日、高校球児が施療を受けにやって来た。大きな体である。ほんとにまあ、最近の若者はがたいが立派になっちゃって!と彼に言ったら、僕は小さい方です。との答えが返ってきた。本当にほんとにまあである。
その球児君。ピッチャーをやっていて野球肘の訴えである。(野球肘は肘の内側痛、テニス肘は肘の外側痛)
肘を伸ばすようにすると痛がるので、徳さんは球児君の肘を伸ばすように力を加え、球児君には痛みから逃れるように曲げてもらい、二人の力を拮抗させていくうちに痛みが取れてきた。
ここまではいい。
問題は、なぜ球児君の肘が痛み出したのかだ。
問題は球児君の腰にあった。
本来なら前湾してなければいけない腰椎の並びが逆に後湾になっているのだ。
それが巡りめぐって腕を管理する首から出る神経に悪影響を及ぼしたのだ。
何故そんな事になったのかというと、徳さんの考えでは、スポーツ指導者の無知が原因だ。
腰椎の前湾の大事さを知らずに、部員達に体育座りをさせている。
徳さんは体育の通信簿で2を取った事もある、負のツワモノだが、ここでルサンチマン。
多くのスポーツ指導者さん。貴方が生徒さん達を休ませるためにさせている体育座り(三角座りともいう)は間違っている。

2006.7.10
おはよう。
今日から当院の構成員が一人増える。お弟子さんを取ったのだ。
狭い空間にむさい男が二人、と暑苦しく思わないで下され。
丸っきりの素人で、体についての知識はゼロとは云わぬが、ごくごく一般人。
なにしろ橈骨(とうこつ)尺骨、腓骨(ひこつ)脛骨(けいこつ)の読み方、場所の確認から始めなければならない。
でも、習い事を始めるに当たっては、手垢のついてないまっさら状態がよろしいようで。
(徳さん色に染めてやる、と彼の思惑無視して徳さん一人が意気込んでいる。)
彼は将来に繋がる技術を身に付けたい。
徳さんは後継者が欲しい。なにしろ還暦間近のジジイなもんで。
さて、どうなりますか、乞う、ご期待。

2006.7.1
おはよう。
うかうかしてると月日はあっという間に過ぎていく。
新宿と国分寺を掛け持ちするようになって、あたふたと日々を過ごしていたら、この「しりきれとんぼ」、半月間の放置状態になっていた。
いかん、いかん。
そういえば、このHPを立ち上げるにさいして、周辺から、内容はともかく更新だけはたとえ1,2行でもいいから絶やさないようにと厳しく言われていたのだったけ。徳さんの周辺にはご自分の事はともかく口うるさい輩がわんさかといらっしゃる。

さて、その1,2行が出てこないのだよ。とほほ、、、、。

国分寺に分室を設けて半年になる。ふるくからの新宿の患者さんから、国分寺の方は如何ですか?とよく聞かれる。
この返事が難しい。
最近の健康ブームか、高齢化社会を迎えてか、同業者の出店が目立つようになっているが、国分寺駅北口界隈でも、この半年間に2軒ほど同業者が開店した。ばっちり宣伝も行き届いているようで、宣伝べたの徳さんは太刀打ちできそうにもない。
けれども、結構忙しい日々が続いている。
近郊に住む障害者の人たちが三々五々施療に見えているからなのだ。
しばらくは障害者の人を相手にレスリングまがいの死闘を繰り広げている事にしよう。

2006.6.14
おはよう。
徳さんを含めて、なんか日本の皆さん元気ないな~。
と思うのは、最近、中国人の患者さんが立て続けに二人見えているのだが、そのお二人の元気な事。バイタリティーに満ち溢れている。
一人は日本に来てエステ関連の事業をやっていて日本で稼ぎまくろうとしている。
一人は学生さんで、日本の大学に入る前に日本語学校に通った後の大学生。夜遅くまで大学に居残って勉学に励んでいる。モラトリアムとして大学を位置付けている日本の学生とは大違い。
対照的なお二人だが、共通して言えるのは、自己肯定的で、積極的なところだ。
そういえば、今年の春、新宿の施療院近くの新宿御苑に老いた母を連れて花見をしたのだが、あの広い新宿御苑を中国語が飛び交っていた。それこそワ~ンといった響きで。人数的には日本人の方が多いはずなのに。
「活源」という漢方系の薬があったように思うが、現在の日本人にとっての活源が見当たらない。
これが爛熟した文化の姿だとしたら、徳さんは悲しい。

2006.6.7
おはよう。
少し前になるが、友人に誘われて、mixiというものに参加した。
貧乏暇なしの徳さんにとって負担になる面もあるが、いろいろ考えさせられる現代最先端だ。
コミュニケーションを求めて、でも関わる自分の範囲を限定して、というものらしい。
まさに、現代の人間の欲求に見合った代物だ。
しばらくは付き合って見ることにする。
ご同伴希望者がいればどんどん紹介者になりますよ。

2006.6.1
おはよう。
徳さんは草花の名前などは苦手なので、その植物の名前は知らない。
徳さんは虫の名前などは苦手なので、その昆虫の幼虫がなんて虫の幼虫なのか知らない。
庭の一角にその植物が群生してた。春先に小さな釣鐘状の白い花を咲かせる。葉に隠れて目立たないが。
ある時、その葉に灰色の毛の無い2センチほどの毛虫が何匹か乗かっていた。葉を食べているのだ。
何日か経つと、灰色の毛虫は真っ黒に成長し、その数もうじゃうじゃと、葉っぱの縁に沿って群がるようになった。
どうもその毛虫はその草の葉っぱしか食べないようだ。隣接する他の種の葉には一匹も見られない。
茎と葉脈だけを残してその草だけが残骸となっていく。
さらに何日か経つと、庭にあるその種類の植物は全て食べ尽くされた。
茎と葉脈だけになったその植物の残骸だけが庭の一角で荒廃した姿をさらしている。ちょっとした被爆地である。
よく見ると、葉を覆うばかりに権勢を誇っていた毛虫たちは、干からびて細い黒紐のようになって、茎や葉脈にへばりついている。蛹へと変態する前に全滅したようだ。
これって意味深でしょ。

2006.5.24
おはよう。
最近、徳さんはカイロプラクティック士と名乗るのに違和感を感じている。
カイロっぽく施療出来る患者さんがほとんどなのだが、ぽつんぽつんと、かつて徳さんが習得したカイロプラクティックの施術法を受け付けない患者さんがみえる。
Eさんを施療する時はプロレスや柔道の寝技を仕掛けているようになってしまう。
身体障害者という事もあるのだが、現在のEさんはベッド上で上半身を起す事が出来ない。
上半身を起すとめまいに襲われるのだ。首をちょっと右に傾けても激しいめまいを訴える。
耳鼻科、脳神経科、心療内科などのあらゆる検査では異常なしと言われ、現在のところ打つ手なし。
徳さんもどうして良いのか、さっぱり方針が出ない。
こういう時はどうするか。
一つは問題の起きている部位から遠く離れた部位の緊張をゆるめ、その緩和操作を段々現場に近づけていく。
一つはその人の普段取っている動きの逆の動きを追及して見る。
こっれって、どこがカイロプラクティックなの?って言われそうである。
かくして、徳さんは仰向けになったEさんの背中の下に太ももを差し入れ、二人添い寝の形となる。

2006.5.17
おはよう。
庭のやたら繁茂する芝を刈っていて、芝の勢力圏とコンクリートの玄関口のせめぎ合いの場所で、こんな芝の断面図に出くわした。
上の緑っぽいのが芝の葉で、白く細い管やひげは根だ。
たいしたものである。
表面に現れる芝そのものは1層に感じ取れるものが、実は5層、6層の根の構造を持っていたとは。手強い訳だ。
徳さんは学生時代に教わった、人間の大脳皮質の6層構造を思い出してしまった。
なんでも何層も神経細胞を重ねる事により、記憶という摩訶不思議な事が可能となるらしい。
そこでまた思い出したが、徳さんちで飼っているオカメインコのノンちゃんたち鳥類はこれが1層しかないらしい。同じ鳥類であるカラスも1層だ。そのはずだ。
ところが、都会に生息するカラスの大脳皮質は3層になっているそうなのだ。
人間から見れば、ずるがしこい行動もかなり高級な装置に裏打ちされている事になる。
我が家のゴミだし担当者である徳さんも、必死になってカラスにゴミを荒らされぬよう知恵を絞っているのだが、時々ちょっとした隙を突かれる感じで荒らされてしまう。その時は、カラスの鳴き声がカ~カ~ではなく、アホ~アホ~としか聞えない。
田舎のカラスと違って都会のカラスの大脳皮質が3層になっているというのはテレビで見た記憶があるのだが、これがもし本当なら、進化論の書き換えだってありうるほどの話だと思うのだが、報道のその後の進展はない。

2006.5.10
おはよう。
ゴールデンウィークはあっという間に過ぎ去ってしまった。
徳さんもこういった長い休みを有効に使えなくなって来た。
計画を立てて次々にこなしていくといった行動力が減速してきたのだ。
ある日を頑張れば、次の日は体力、気力にブレーキをかけられ、計画を変更、縮小するなんてのはざらだ。還暦のファンファーレが背後から忍び寄って来てるせいかも知れない。
よく、お年寄りの体感感覚を理解するために、牛乳瓶の底のようなメガネをかけ視界をおぼつかなくさせ、手足や腰に錘をつけたりしてるが、だんだんその必要がなくなってきたようだ。トホホ。
患者さんの苦痛に対する想像力が問われるこの業種。
おのれの身を苦痛の中に置けば、手っ取り早いという訳か。

2006.4.24
おはよう。
患者さんを施療してて、ご本人はたいして喜びも無いようなのだが、施療する側にはなかなかにウレシイ事に出くわす事がある。こういう時は患者さんにあれこれ言わないで、ただにやつく事にしている。
Kさんは高齢のご夫人であるが、お通じの調子がいま一つだ。しかし、Kさんの訴えは他の事でどっさり埋まっている。ご本人はお通じに関しては余り関心を寄せてない。
そのKさんのお腹を押すと、かなり大きな音を立てて消化器が動き出す。徳さんはここでにやつくのを常としている。
先日、お腹を押す施療コースに入る前、うつ伏せでKさんの腰のしこりをじっくり強めに押していたところ、突然K
さんのお腹が鳴り出した。腰椎からは腸にいく交感神経が出ているので、当たり前の話ではあるのだが、、、、。
この時、徳さん、おおいに、にやついた。

2006.4.17
おはよう。
徳さんは患者さんに随分と助けられている。
パソコン音痴のまま、こうしてHPが作れているのも数人にのぼる患者さんのお蔭じゃ。感謝。感謝。
この度は、Kさんにアストル・ピアソラの『ロコのバラード』をカタカナ歌詞にしてもらった。
この歌は、一人、車の中で音量を目一杯上げて聴くと、歌詞も判らないままに涙がじんわりと溢れてくるという、徳さんにとっては、かけがいの無い唄なのだ。
スペイン語はカタカナ表記で大丈夫です。というKさんの太鼓判に後押しされて頼んで見たのだが、、、、。
早速CDに合わせて唄ってみると、Kさんの大嘘つき!
歌詞は早口だし、巻き舌はふんだんに盛り込まれているし、音便はあるし、、、で、とてもついていけやあしない。
くやしいから、1行1行挑戦して見ることにするが、はて、どうなることでしょう。

2006.4.5
おはよう。
最近新宿カイロでおすすめしている商品がある。
エクササイズバンドというやつだ。なんでも、最近流行りのエクササイズに利用するものらしい。
なあに、その実態はただの生ゴムなのだが、強度に応じて色分けされており、おしゃれに出来ている。このバンドを使って色んな体操が工夫されているらしい。ちゃんと使うにはかなりの長さが必要で結構値が張る。
ここまでは徳さんに縁の無い商品である。
ある日、家人がこのエキササイズバンドの切れ端を何処からかもらって来た。1メートル程の長さだ。
徳さんには自分の職業が要求する、健康維持への努力が皆目見られない。反面教師などと冷ややかに患者さんから蔑まされている。
その怠け者の努力嫌いの徳さんが、不思議と、このゴムの切れ端を見ると、無意識に近い状態で手に取り、背中伸ばしをするのだ。
胸椎の1,2,3番あたりが簡単に運動できて、ともかく気持ちがいい。
エクササイズバンドの切り売りに(切り売りだから安いよ!)励む最近の徳さんです。

2006.3.29
おはよう。
一昔前の話だが、地球上の人間が地衣類化していまうぞ、という警告をした人がいた。洗剤の普及で液体の界面活性化現象が維持できなくなり、三次元の構造が保てなくなって、みなアメーバーのように地表を這い回るしか出来なくなるぞという脅しだった。
それから30年は経っているが、そんな説があった事など記憶している人などいないはずだ。ぼくらはちゃんと三次元を確保して生きている。
警告は常に冷静なものであってほしい。
徳さんはそんな大げさな話をする気はないが、最近のフローリング生活の広まりをいささか危惧している。
フローリング生活が都会の洒落た生活を象徴するかのように喧伝されているのは、いかにスポンサーに媚を売るマスメディアさんでも、それは無責任と言うものだぜ、と言うほか無い。
フローリングの部屋で姿勢よく生活するのは至難の技なのだ。
低いテーブルに向かうには胡座をかくか、横座りになりがちだ。背中を曲げ、顎を突き出さざるを得ない。低い位置に置いてあるテレビを見るには体育座りか横寝で見たくなる。冬場など寒がりさんは電気カーペットに這いつくばることになる。うつ伏せで体表面積一杯に暖かさを味わおうという姿は、地衣類とは言わぬまでも、爬虫類化と位は言えそうだ。
ともかく、皆様、背筋の弱まりにはご注意を!
背筋のことを脊柱起立筋と呼んだり抗重力筋と呼んでることの意味をお忘れなく。

2006.3.25
おはよう。
背骨は多くの場合24個の骨で成り立つ。(仙骨を除いて)
多くの場合と言ったのは、そんな骨の数の一個や二個の違いはいくらでも見受けられるからだ。
己の肉体を精密な機械と感じたがるのは心情としては分かるけど、実際の生き物としての己は、精密さの中にアバウトが潜み、アバウトの中に精密さが君臨しているといった、超怪物なのだ。
だから、こよなく愛して欲しい。と徳さんは願っている。
その背骨さん。自力で立っている訳ではない。
靭帯と筋肉によって立たせてもらっている。
だから背柱を成立させている筋肉のことを、脊柱起立筋と呼んだり、抗重力筋と呼んだりしている。
その脊柱起立筋が最近、やばそうなのだ。
コンビニ周辺が象徴的だが、本来なら、還暦まじかの徳さんの肉体の数段上を行くはずの若い衆が、うんこ座りをしてたむろしているのをよく見かける。(これにも色んな解釈があって、自分が異質なものであることを主張し、自分にそんな烙印を押す事によって逆に自分を覆い隠そうとしている行為だ、と言うのを聞いた事がある。でも、なぜそれがうんこ座りなのかは説明してくれてない。)
背筋が異常に弱っているのだ。
その原因の一つに、フローリング生活があると徳さんは踏んでいる。
その説明は次回に。

2006.3.18
おはよう。
本当に久し振りの「しりきれとんぼ」になってしまった。
こういうものは、一度さぼりだすと、ついついずぼらになってしまう徳さんの性情を天下にさらすようで恥ずかしいったらありゃしない。
中断のきっかけは二つある。
国分寺分室開設に伴って、確定申告が徳さんにとって、訳の分からんぐちゃぐちゃ状態に陥ってしまった事だ。純粋な開業じゃあないし、借金は友人に頼ったし、国分寺の方は喫茶コーナーなんてものを併設してしまったので、何が入っているのか皆目見当のつかない闇鍋を突付くような毎日が無駄に過ぎ去っていった次第だ。
ええい!ままよ!とほとんど丸投げで税務署宛に郵送したのが3月15日。この間、苦労だけはしたのだが、、、、。
二つ目の理由は、新宿と国分寺で隔日営業のため、バージョンのかけ離れた二台のパソコン間を上手くやり取りしなければいけないのだが、パソコン音痴の徳さん、ネットワークを張れるはずも無く、これも無駄に時間を過ごしてしまった。
まあ、今日をきっかけとして立ち直る事を誓いませう。

2006.2.25
おはよう。
新宿カイロに見える患者さんは、自ら患者と名乗るのだから、元気溌剌、エネルギー満タンの人はいない。そんな患者さんを相手に二十数年もカイロプラクティック士を続けていると、体や心に問題を抱えている人々が当たり前に見えてくる。
だから、今回のトリノ冬季オリンピックで選手達が活躍する姿を見ても、なんか異邦人がすげえ事をやるもんだと、あきれたり、感心したりで、身近に感じられない。
さて、問題児の我が患者さんであるが、大きく三つの集団に分かれる。
差し迫った痛みや辛さを訴える人。慢性化した体調不良を訴える人。一応、それらを乗り越えて体調維持に心を配る人。
この中で、厄介なのは慢性化した体調不良だ。
この人たちの厄介さというのは、確信犯である事にある。
不規則な生活時間。無茶な仕事へののめり込み。メチャクチャな食生活。睡眠を十分取る事への罪悪感。
徳さんに言わせれば、ストレスホリックである。
そんなにストレスが好きか~?
広島弁にいい表現がある。
「おんどりゃ、何しよんじゃあ!」

2006.2.13
おはよう。
ちょっと、びっくりでしょう?
ちょっと不気味だし、鬼気迫るものがある。
『徳さんのささやかギャラリー』に登場する小沢基弘さんの2回目の個展の案内状だ。

三十数年前のおぼろな記憶だが、大島渚監督の『ユンボキの日記』に「唐辛子は煮詰められて益々辛くなる。」というセリフかナレーションがあった。
今回、2回目の個展案内を小沢さんから送られて、まず思い浮かんだのはこの言葉だった。一回目の個展前の作品が『徳さんのささやかギャラリー』に紹介されているのだが、この数年間、小沢さんは、自らの闇にひたすら鍬を打ち込んでいたようだ。
小沢さんがどんどん分かってくると同時に、小沢さんがどんどん遠ざかって行くと感じるのは、停滞前線を常にウロウロしている徳さんならではのことなのだろう。

小沢基弘個展「黄色いからす」Ⅱ

銀座「新井画廊」 2月20日(月)~25日(土)

東京都中央区銀座7-10-8
(ヤマハホールま裏)
℡ 03-3574-6771

本来なら「無断紹介コーナー」で紹介するべきなのだが、期日が迫っているので、ここで紹介させてもらう。手持ちのスキャナーが故障しているので、知り合いに頼んでフロッピーに取り込んでもらった。大きなサイズの画像をペイントにコピーして適当なサイズに加工するなんてのは、PC音痴の徳さんが最近覚えた初歩的テクニックじゃ。

2006.2.6
おはよう。
法律関係の仕事をしている友人のU君が、かつてしきりに弁護士の中島通子さんのことをほめていた。「彼女は要所において何時も同じ事しか言わない。彼女はブレない。原則を踏み外さない。本物だ。」と言うのがその理由だ。
ブレまくりの徳さんが、かつての発言を繰り返す申し訳に、ブレない中島通子さんにあやかろうとするのは図々しいというものだが、以下の話の後半は以前書いたのと同じ題材である事を断っておく。
先日Iさんの数ある病歴に、また新たに一つ新人がデビューした。
副鼻腔炎、通称蓄膿症。
突然の出現だったらしい。青ばなが出だしたので、最初風邪かなって思ったらしいが片方の鼻からだけなのをいぶかしみ耳鼻咽喉科に行ったところ副鼻腔炎の宣告を受けた。結構、厄介で不愉快なものらしい。
Iさんが受けた治療は副鼻腔に薬を散布され、抗生物質を渡されたとのこと。しかし、10日以上たつ現在もIさんの症状にこれと言った改善が見られない。
そんなIさんの様子を聞いて、徳さんは患者のMさんの事を思い出した。
Mさんの副鼻腔炎はIさんのそれよりひどく、大学病院で手術を勧められた。
ところが、Mさんは高齢である事、女性である事、今までにさんざん手術の類を自身に施している事、などを理由に「この年になって顔面の手術なんて御免だわ。」と言ってかたくなに手術を拒否し続けた。
やむなく担当の大学病院医師はMさんの自宅付近の耳鼻科医を調べて紹介状を書いた。
その先生が大当たり。
Mさんの頑固な副鼻腔炎がほとんど全快したのだ。
その先生は何をしたのか。
Mさんの副鼻腔を洗浄したのだ。ただひたすらに。Mさんを毎日のように通わせた。
通ったMさんも偉いが、通わせた先生も偉い。そして、頑固なMさんの副鼻腔炎は治ってしまったのだ。
原理主義者が世界中で物議をかもしている現代だが、医療の世界にだけは原理主義者が生き残って欲しいと、せつに願う徳さんは無いものねだりをしているのであろうか。

2006.2.1
おはよう。
最近、徳さんの胃には普段食べなれないものがぶち込まれている。
何十年振りにホットケーキがぶち込まれた。最初の1枚目は懐かしかった。しかし、シロップを変えてとか、焼き具合をかえてとか、いったん冷蔵したものとか、枚数を重ねるうちに段々苦行僧の世界に住む気持ちになっていった。
ブラウニスというケーキも何十年振りの代物でおふくろの得意顔が思い浮かぶものの、徳さんの胃にも限度と言うものがある。
コーヒー党の徳さんであるが、この間、味も判らぬまま何種類のアールグレーとダージリンを飲まされた事か。紅茶の味を理解しない無粋な徳さんなのだ。キャラメルティーというものまで飲んだ。これは徳さんの嗜好の極北にある味である。さすがに一口だけで勘弁してもらった。
これらは皆、試飲、試食である。
国分寺分室の喫茶コーナー『やす~ど』のメニューは手作り故の、製作者の試行錯誤、悪戦苦闘。試食試飲者の胃のむかつきに裏打ちされている事を、皆様、ゆめゆめお忘れなさるな。

2006.1.28
おはよう。
今年が明けてから一ヶ月になるが、日本中、世界中にろくなニュースが流れてこない。
一見ハッピーな装いのニュースは、意図的なヤラセの匂いがするし。
TVメディアなどは明るいニュースに早々と見切りをつけて、お笑いタレントを動員したクイズ番組やら、ドタバタゲーム番組を視聴者に送る明るさとして流しまくっている。
我々の楽しさ、明るさ、居心地良さへの希求が、こんなものであると思われているのも悔しい。
徳さんの夢物語の一つはNPO方式でTV局を一つ創設する事である。
ファッショにならないように二重三重の監視委員会を設けた上で、これはと言う講師に丸投げで一定の時間を講義してもらう。そんな講師が百人千人とそろえば楽しかろう。講義と言うと堅苦しいから、その時間好きなように遊んでもらう。名も無き、良心的(まあ、この辺の判断が問題であるが)な学者、芸術家による率直な授業が常に受けられるTV局。そんなものが一つぐらい在ったっていい。

2006.1.25
おはよう。
いつもの光景ではあるのだが、奇妙な気持ちに襲われた事がある。
S病院のある時の光景である。
つい最近、近代的に立て替えた待合室は、無機質で他人行儀になった嫌いもあるが、明るく広いスペースは悪くはない。患者達は真新しいソファーにもたれて自分の名を呼ばれるのを待っている。突然のコンピューター化で医師が全ての情報を打ち込まねばならず、かえって時間がかかり、待ち時間がやたらと長くなっている。それでも患者達は大人しく待っている。ソファーの前には最新式の薄型ワイドテレビが音量を落として放映されてる。皆、見るとはなしにテレビを眺めている。
その時、NHKの体操番組が放映されだしだ。
背筋を鍛える特集で、かなりレベルの高いものだった。講師を務めている30代の女性は、さすがに背筋が伸びていて一つ一つの体操も決まっていた。優美でさえある。
一方の我らが患者達は50代~80代の老々男女である。延ばしようのない背骨を携えて、顎を突き出し、それこそボーッと画面を見るともなしに見ている。
自分達には出来るはずもなく、従って役に立つはずもない、健康な人の健康な人のための体操を見ている。
ちょっと、恐ろしい気持ちに襲われた徳さんであった。
情報の垂れ流し。情報の一方通行。相手構わずの情報。情報を流す側にも受け手に関する情報不足。
情報砂漠化の実況放送でした。

2006.1.21
おはよう。
関東地方、初雪である。
積雪量そのものはどう転んだってたわいないものじゃ。
新宿の施療院の目の前にある小さな公園のイチョウの木には、ほどよい雪化粧がほどこされ、絶景の末席に名乗りを挙げる風情である。
豪雪地帯で4メートルもの積雪と闘っている人々から見れば、数十センチの積雪など鼻くそみたいなものだ。
それでも、数センチの段階で、JRや空路など、大混乱の都会生活者。ちゃんと死傷者が出る始末である。
自然の前に情け無さ過ぎるぜ、都会人。
なんて、御託を並べているが、かく言う徳さんも、何てことない坂道でツルッとすってんころりと転んだり、車で坂道を登れず悪戦苦闘した経験を持つ。自省。自戒。自嘲。
これは、思い付きからだけで言っているのではないのだが、国債などと言う使途不明な代物に対抗して、(勝手に借金しておいて、負債が何兆円になっているから、応分の負担(税金)をせよなんて、普通の感覚じゃあ無いよね。まともなら、そこに至った過程を懺悔しながら、こんな努力もしました、こんな工夫をしました。しかし一向に上手く行きませんでした。判断の間違いも在りました。どうかお許しになると同時にお助け下さい、と言うのが筋だろう。)新潟債とか災害債といったものを創設したら。
明快で納得のいく出費だったら、貧乏人徳さんといえども金を出す。

2006.1.18
おはよう。
年明け早々、徳さんは大失敗をしてしまった。
新宿カイロの広報官、オカメインコのノンちゃんの足先を1本切断させてしまったのだ。
気付かなかったとはいえ、非は徳さんにある。
その後、ノンちゃんは心身症になり、徳さんも何となく浮かない心持になってしまい、その時の報告をまだする気になれない。後日、懺悔の報告をさせてもらう。
代わりにと言っては何だが、年末の徳さんの幸運を報告しよう。
生協の年末福引で見事1等賞を当てたのだ。
生協の思想性もあるのか、1等賞でも米2キロとささやかなものであったが。(そのかわり1等賞をやたらに多くセットしたようだった)それにしても、日頃くじ運などに恵まれた事の無い徳さんにとっては信じられない事。
しかし、これには裏がある。
当日の福引は、ウレタン箱に楊枝を無数突き刺して、楊枝の先っちょに色のついているものが当たりという訳だ。
これなら純粋なくじ引きではない。楊枝を挿していった人の心理を読めばいい。
当たりの楊枝は最初に刺したに違いない。何処に刺したか。多少ひねくれ者だったら辺境に刺すはずだ。
特に1等賞は最初に意識して刺したはずだ。
敵は右利きの場合が多いはず。そして手元より奥だ。
それだけの判断で、徳さんは右手奥の1本を引き抜いた。
年末の予定が詰まっていたため開店早々立ち寄ったので、徳さんがその日の第一号1等獲得者となった。
開店早々の客がたった1本の楊枝で1等を引き当てた事に、当日バイトに動員された係りのお嬢ちゃんが、カランコロン、カランコロンと鐘を鳴らしながら、興奮しながらメガホンで店中に報告しながらはしゃぎまくっていた。
はれがましや。
すごい事が起きたかのようにお嬢ちゃんたちが興奮しまくるので、徳さん身の置き場が無かった。
ジャンボ宝くじも、このような心理戦が介入できるものならばなあ~。

2006.1.14
おはよう。
よくよく考えれば、新年が何故目出度いのか良く判らない。
きっと、何が起こるか判らない人生で、何とか今年まで生き延びたよ!という実感がそう感じさせるのかも知れない。
前回話したYさんの母上が昨夜亡くなった。急死と言ってもよい。Yさんの精神はズタズタであるに違いない。この世の無常に身をさらさねばならぬ我々である。
無常のあれこれを言い出したら、地球上のあれこれを言い出さずにはおれない。
マスコミが無意識のうちに、彼らが感じるところのニュースバリューの序列に従って報道するさまは胡散臭さそのものである。
一度でいいから、ある日一日の、世界中の無常を漏れなく平等に報道する試みがあっても良いんじゃないかな。

2006.1.11
おはよう。
そして、謹賀新年。
新年早々施療に見える患者さんと互いの年末年始の過ごし方を報告しあうのが常になっている。
今回は悲惨な方が多いようで。
今年の悪い厄を使い切ったのであればよいのだが。
風邪で正真正銘の寝正月をせざるを得なかった人。Wさん、Sさん、Iさん、Yさん、Eさん、Aさん。そんなに患者さんが多い訳でもないなかで、この数字は多すぎる。
風邪でもないのに体調不良で寝込んだ人。Iさん、Sさん。いずれも自律神経失調から体調を崩し、寝床から起き上がる気力も出なかったとのこと。張り詰めた日常から解き離れたとたんに体が強制休養を命ずると言うのは、いかに、毎日の社会生活が心にとって、体にとって負担になっているかの証明でもある。
Sさんは年末に大腸癌が見つかり手術を受けた。脳性麻痺のため術後の筋肉の緊張が強く、痛みを伴い大変な苦痛だったらしいが、今日、本人から元気な声で退院報告を受け、ホッとしているところである。
親が大変な人もいる。Yさんの母上は突然のように末期の多臓器癌で余命1ヶ月を宣告された。Aさんの父親は年末、踏み台から落ちて尿道破裂で入院してしまった。回復に時間が懸かるとの事。Sさんの母親は風邪で39度以上の光熱を出した後、激しい腰痛に見舞われ、寝床から立ち上がれなくなってしまった。などなど。
徳さんの仕事の性質上、元気溌剌な人との付き合いは少ないのだが、今年の冬期休暇の患者さんの悪銭苦闘振りを見聞きすると、背筋に何やらひんやりしたものを感じる。
なんか皆さん、疲れすぎているぜ。
徳さんはと言えば、年末は家事労働にこき使われ、年が明ければ飲んだくれという、毎年おなじみのパターン。
徳さんだけが、お気楽。とは言わないでおくれ。

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