本日の抜粋 2

逆に、この楽珍に教わったこともあります。あるとき私と家内で夜遅くパイナップルを食べたんですけども、朝起きてみたら残りがあらへんのです。楽珍が食べてもうたんですねぇ。「おい、勝手に食うたらいかんやないか」と、こう申しましたら、「いや、パイナップルは徳之島ではみんなのもんです」すごいですねぇ。ですから、物事というのは片方から眺めてるだけではだめなんですね、もっと広い視野から眺めなければいけません。そうすれば、世の中にもめごともなくなる、みんな豊かに生きていけるはずなんです。私、そのとき「ほーッ、そうなのか、パイナップルはみんなのものやったのか」と、ものすごく感動したのを覚えてます。
桂 文珍 『落語的学問のすすめ』より 新潮文庫
落語家のお弟子さんにはどのような人が成るのか、少し想像しただけで楽しくなる。才気煥発な談志や文珍のような奴ばかりでなく、すっとぼけた与太郎のような奴も多いに違いない。徳之島出身の楽珍さんは後者の中でも飛び抜けての人物らしい。しかし、師弟関係の厳しい落語界の中で神にも等しい師匠のパイナップルを無断で食べちまうようなお弟子さんは考えられない。従って楽珍さんのパイナップルはみんなの物という主張は楽珍さんなりに正しい。
この本は桂文珍が関西大学で講師をした時の講義録だが、おおかたの落語より面白い。
抜粋した箇所は、落語の特徴が物事を俯瞰的に見る事にあることの証明材料である。
そう言えば文珍の司会するニュース番組は個々のコメンテーターより常に俯瞰的、鳥瞰的であるよな。
一般に生物は不足にはけっこう辛抱強いものだが、過剰については防衛手段をあまり持たない。人間の身体も飢餓のときでも困らぬよう血糖を上昇させるシステムは五つや六つはある。しかし、食い過ぎた時に血糖を下げる物質はインシュリン一つである。しかも、これは容易に枯渇する。このことは精神的な面でも同様である。通常、太ることより痩せることの方がはるかに精神力を必要とする。断食は修行の中でも重要な課目である。
葉緑素ゆえに植物は座して食うことができる。動物は葉緑素を持たないがゆえに食物を求めて身体を動かさねばならない。動物に神経システムが生じたのは要するに空腹による。さらに、腹をすかせる体験の積み重ねでシステムの末端に脳が生じ、大きくなっていった。
遠山高史 『医者がすすめる不養生』より 新潮社
現代先進国での健康問題の多くが、この単純な、飢えの不足によるものが多い。というのは文明の皮肉だ。自滅という言葉を思い浮かべるのは徳さんだけではなかろう。
この本は、実家が浄土真宗のお寺さんという精神科医の現代文明批判の書である。
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